小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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alwHOMEalw読んでみるalw地域貢献 <外貨獲得>(26) ― 地域経済全体のパイを大きく ―

地域貢献 <外貨獲得>(26) ― 地域経済全体のパイを大きく ―

株式会社 フジ本芳川商会
代表取締役 芳川 雅勝 氏

〒047-0034 小樽市緑2-3-14
TEL(0134)34-2255
FAX(0134)34-2282
http://www.yoshikawa-candle.com/

売 上 5億8千万円(平成22年度)
部門別売り上げ 包装資材:95%、ローソク:5%
外貨率 71%
創 業 1936(昭和11)年
小樽雪あかりの路で使用される道内唯一のローソクメーカー


株式会社フジ本芳川商会 代表取締役 芳川 雅勝氏
株式会社フジ本芳川商会 代表取締役 芳川 雅勝氏

沿革
 静岡県大仁町の農家の次男であった芳川勝男氏は、同県三島市のローソク工場藤本屋商店に勤務。藤本屋が北海道に工場を設置する際に、若干20歳で10人のスタッフを引き連れ小樽に渡り、昭和11年3月に藤本屋商店小樽ローソク工場を創設。戦争により一時中断、戦後、三島の本社の復興もならなかったが、志を引き継ぎ昭和25年5月藤本製蝋鰍小樽に独自に設立し、引き続きローソク製造を手がける。昭和35年には道内初の紙袋用自動輪転製袋機を導入し、包装資材部門の契機となる小型紙袋を製造。同年潟tジ本芳川商会に商号変更。「フジ本」という印は先代の志継承が込められている。昭和40年ポリエチレン製袋を開始。同53年札幌支店開設。以後道内一円にお得意様を獲得する。

市場開拓
 昭和41年入社、同61年に社長に就任する二代目芳川雅勝氏が道内くまなく営業に走り、ピーク時の昭和60年には8億の売り上げを計上。昭和30年代には全道に10軒、小樽だけでも4軒あったローソク工場も、流通の変化により芳川商会のみが残った。流通の変化とは、スーパー・百貨店・コンビニに陳列されるローソクはナショナルブランドといわれる本州産に統一されていくことをいう。さらにメーカーであった芳川商会は多くの問屋にローソクを卸していたが、この変化によって問屋が消滅するたびに売り掛けが未入金に終わるという辛酸をなめてきた。
 一方この変化に敏感に対応し、当時新素材であったポリエチレンに目をつけ、雅勝氏は未開であったこの市場開拓に奔走した。

業態変革
「先代は北海道にローソクを普及する目的で会社を起こしました。しかしローソクという商品が新たなものに代替されていることを予感し、包装資材へシフトし、特に当時新素材であったポリエチレンに目をつけていました。私が入社した時には、組織存続はもちろんですが、先代が目をつけた包装資材の普及にどう貢献するかという新たな目標を掲げ、必死でお得意様開発を手がけてきました。小回りと融通がきくきめ細かなサービス体制で貢献してきたと思っています」

芳川商会製造ローソクイメージ写真<写真提供 芳川商会>
芳川商会製造ローソクイメージ写真<写真提供 芳川商会>
ローソクの復活
「平成10年にまちづくりの仲間から雪あかりの路のプロジェクトを聞き、ローソクの相談が舞い込みました。小樽は本当に不思議なまちです。運河も本来の機能を失いましたが観光運河となり、歴史的建造物も廃屋だったところに新たな活用がなされ、そして今度は前近代的な商品であるローソクがイベントで復活しました。機能こそ異なりますが、運河も建物もローソクも新たな価値を持ってきました。この小樽のしぶとさには感謝をすると同時に驚きを隠せませんね」そう語る芳川社長も、鉄道文化や職人の会や手宮線に関する多くのまちづくり運動を率先してこられている。「金は天下のまわりもの」とはいうが、小樽では「運動も天下のまわりもの」になっているといえる。