小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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意匠(15) 石畳


運河散策路の石畳
運河散策路の石畳

明治44年撮影の有幌の木敷道路<市立小樽図書館蔵>
明治44年撮影の有幌の木敷道路<市立小樽図書館蔵>
背景
 石畳とは自然石を使った路面の舗装をいう。その契機は乗り物の初期である馬車に備わっている車輪が泥にはまるのを防ごうとし、固くて滑らかな条件を満たすために開発されたという。紀元前のローマ帝国が起源だそうだ。
 日本では奈良時代に五街道をつくる際に、石畳を敷くようにという指導の文書が残っているという。主に人道ではあったが、維持管理を考慮していた形跡がうかがえる。

旧日本郵船貴賓用通用路の石畳
旧日本郵船貴賓用通用路の石畳
小樽の石畳
前号(22号、26号)で石垣・石壁ときて、今回は石畳としたが、小樽における石畳の由緒は希薄だ。
 中央通りが手宮線と交差する海側の斜面に石畳が敷かれていたが、平成13年に散策路の整備をした際にはがして舗装した。
 運河散策路はピンコロ石が敷かれ昭和61年に完成した。
 運河プラザ中庭のタイル型の石は平成に入ってから整備されたが、もともとは三和土といってセメントや土などで固めた土間だった。これは荷捌きの際に泥が付着しないようにしたもののようだ。
 同じく旧日本郵船小樽支店の表門のある貴賓用通用路にも石畳が敷かれている。これは貴賓仕様の装飾と思われる。
 小樽の建物の特徴とされている石壁に使用されている凝灰岩は軟石のため、無論石畳には不向きなので壁に良ければ路面にもというわけにはいかない。

中央通り歩道の石畳
中央通り歩道の石畳
木敷
 昭和48年に道道臨港線工事の延長で壊された有幌の倉庫群(現・ユニクロ)には石畳ではなく木を埋め込んだ木敷が明治44年以前からあった。
 横浜の馬車道には煉瓦を敷いた箇所もあるように、要は泥ハネを避けるための智恵だ。