小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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alwHOMEalw読んでみるalw帰化人(23) 小樽こだわりのライフスタイル

帰化人(23) 小樽こだわりのライフスタイル

クリエイティブな小樽へ
有限会社 K's Blowing

代表取締役 安井 顕太 氏

〒047-0027
小樽市堺町2−17
TEL(0134)31-5454 FAX(0134)31-5455
http://www.ks-blowing.jp
kenta555ks@yahoo.co.jp



帰化経緯
 1963(昭和38)年神奈川県大磯生まれの安井顕太氏は、群馬県伊香保温泉近くの硝子工場で修行。1988(昭和63)年、「海を見よう」と新潟からフェリーで小樽へ。仕事柄、開館準備をしていた小樽運河工藝館(昭和63〜平成23)を訪ね中澤社長と面談。海の近くで完備された工房に魅力を感じたが、既にスタッフも決まっていたため伊香保に帰った。ところが間もなく工藝館から連絡が入り、「欠員が出たのでどうか」との相談に即決し、同年開館と同時に小樽へ移住。

工藝館時代
 昭和61年小樽運河散策路が完成し、既に小樽には大型バスによる団体客がなだれ込むかたわら、個人客の流れも増えていく時期。事実、工藝館の販売も製造に間に合わないほどの活気を呈した。とりもなおさず安井氏らスタッフの技術とセンスが輝いたことを示している。

独立
 安井氏は「硝子の小樽」に様々な契機を与えてきた。
 1995(平成7)年に朝里に工房を開設して、北海道初の「吹き硝子の体験工房」を実施、1999(平成11)年には堺町の森川産業倉庫にK's Blowingを開設し、ストリートからも見える開放的な体験工房を実現。普通ならショップを路面に出し、工房を奥に配置するが、K's Blowingはその逆をついた。またこの頃には、堺町といえばオルゴール堂からさかい家までの札幌よりの密集だったが、K's Blowingによって現在の大正硝子までの余市より出店の契機ともなった。
 これらの契機は、その後の小樽観光に間接的とはいえ多大な貢献をしてきたといえる。

アーティスト
 安井氏は「僕は特に小樽や観光への思い入れも強いわけではないんです。今の僕は硝子のアーティストの道を究めたいと思っています。K's Blowingはあくまでも体験工房として、硝子に縁のないお客様が硝子に触れる底上げの装置で、一方、安井顕太という個人のステージは朝里を拠点に台湾・アメリカ・香港などで一人のアーティストとして磨いていこうと考えています」とその生き様を語る。
 K's Blowingは「創る喜びを知ってほしい」という目的で、それなりに功を奏してきた。そしてその「創る喜びは自らの内から湧き出てくるイメージを形にしたい」という作品志向をかき立てた。いわば目的が一人の人間の中で進化したことになる。
 現在の安井氏の葛藤は、「K's Blowingを維持するために新たな目的に自由に多くの時間が割けないことですね」にあるようだ。

進化への契機
 2006(平成18)年3月、小樽商工会議所が主催して「ジャパン・ブランド」として小樽の硝子をアジアにPRする支援が行われ、安井氏も参加、場所は台湾のそごうデパートである。これを契機に翌年には台湾の信頼のおける代理店ともつながっていく。
 宮崎出身で安井氏の硝子の先輩が同じく台湾市場にビジネスで成功していたが、安井氏はアーティストとして浸透する道を選んだ。2008(平成20)年、国立台湾芸術大学のワークショップ講師として招かれ、たまたま安井氏の作品を写真で見た国民党副総統蕭萬長氏が視察に来られたた際に、安井氏は自らの作品を寄贈した。

作品 梅花 Winter Plum
作品 梅花 Winter Plum
オープン教室
 その後、台北教育大学がその敷地に工房を設置し、安井氏を定期的に講師に招き、学生や一般人を対象にオープン教室を開講。
 これらの文化活動はほぼボランティアのため、自らオークションなどに出品し、活動の知名度とともに付加価値が高まっている。現在では年に最低でも12回は台湾に出向しているという。

作品 鳳凰瀑布 Phoeni×Fall
作品 鳳凰瀑布 Phoeni×Fall
個 展
 2010年10月〜翌年2月に台湾の中正記念堂において「安井顕太個展」が開催された。1階フロアには安井氏の4年間にわたる交流や教育活動をパネルにして展示し、3階フロアで作品が展示された。たまたま中華民国100年の記念すべき年にかけ100点の作品、100点を収録した図録、絵葉書等を作成し、入場者の記録を塗り替えた。

小樽と安井顕太
 かつての運河保存運動の過程で、ポートフェスティバルがメジャーな世論を巻き起こすという成果をもたらしたとき、ポートのスタッフの半分以上の者達は、むしろ運河保存より音楽のステージを創ろうとした。言い換えれば、運河保存という社会的テーマに音楽が付着した。この付着の度合いがマイナーをメジャーにしたといえる。
 安井氏は正直に「小樽は作品のモチーフとはなりますが執着の対象ではない」という。しかし現在、アーティストの道を歩む一方で、安井氏のK's Blowingには多くの若い観光客が訪れている。つまり安井氏の活躍を背景にしてK's Blowingが若い観光客誘致の装置になっていることに変わりはない。小樽観光はいま、メジャーに向けて脱皮する過程で、世界に発信する安井氏に感謝し、こういう志向を大切にする度量が試されているのではないか。