小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(19) 

東京と小樽


新橋のビル2階のパティオに設置された旧新橋停車場鉄道歴史展示室
新橋のビル2階のパティオに設置された旧新橋停車場鉄道歴史展示室
何を比較?
 あの東京と小樽の何を比較するのか。規模は別として、脚光を浴びる地区の変遷について比較したいと思う。行政的・政治的・経済的・金融的といった視点ではなく、「いまはあそこの地区が注目を集めている」といった一般の視点での脚光についてである。

汐留ビル街のスカイロード
汐留ビル街のスカイロード
東 京
 東京といえばまず大御所として銀座だろう。そしてファッション系では渋谷、歓楽街では新宿、オタク系では秋葉原、ヤング系ではお台場・表参道・原宿などが人々を集めてきた。そして現在は六本木や汐留といわれている。
 今日、最先端である六本木や汐留へ行くと、「えっ?繁華街はどこ?」と驚く。通常の繁華街のイメージである看板やストリートはどこにも見あたらない。繁華街を形成していた店は全て高層ビルの中にあるからだ。そして必ず公共スペースとしてパティオ(中庭)やオシャレな休憩所がところどころに設置されている。店はブランド店を核に高級品を扱い、飲食店の単価もそれなりだ。いってみればアメリカロスアンゼルスのビバリーヒルズ(ロディオドライブ)のように、高級感であふれている。しかしそこは、これまでの繁華街にはないライフスタイルがみなぎっている。「なんでもあるよ」というスタート感から「なにかがあるよ」というゴール感なのだ。

汐留のビル街
汐留のビル街
小 樽
 小樽郡となった明治2年は現在の信香に集落が生まれ、以後明治・大正年間は堺町や色内方面へと移り、昭和に入ると稲穂・花園が繁華街になった。平成9年にマイカルが進出して以来、小樽市民の約半分が集うようになり、現在もその状態が持続している。ということは、中心市街地と築港地区が拮抗し、むしろ足の引っ張り合いの様相を呈している。いずれにしろ少ないパイを競う厳しいバランスだ。
 一方、観光客はここ25年間で堺町と運河周辺に集い、市民とは交流のないネジレ現象となっている。一時、静屋通りが注目を集めたこともあったが、一陣の風だった。
 さて小樽にはライフスタイルがあるだろうか。確実にいえることは古いものを再利用する文化は、生活の中にも入り込んでいるので、これは小樽独自のライフスタイルといえる。
 ライフスタイルの視点でいえば、東京は生活財なら小樽は環境財ということになろうか。一方、小樽にはコミュニティが根を張っている。ビジネスライクだけでは処理できない関係が東京よりはるかに濃い。

メタボリズムの未来都市展「黒川紀章 中銀カプセルタワービル1972 撮影大橋富夫」
メタボリズムの未来都市展「黒川紀章 中銀カプセルタワービル1972 撮影大橋富夫」
展示会
 「メタボリズムの未来都市展」が六本木ヒルズの森美術館で開催された。黒川紀章建築都市設計事務所や丹下都市建築設計、粟津デザイン室などの特別協力のもと、磯崎新、栄久庵憲司、藤森照信ら専門員委員など錚々たるスタッフで企画・制作された。
 この展示会において「取り替えるユニット」という概念がクローズアップされている。「街区ごとに取り替える」という発想だ。東京のように客層ごと、あるいは時代の先端ごとに街区が形成され変遷する場合、街区を取り替え可能なユニットとしておけば、「再開発」で壊す手間が省けることになる。また東京モノレールが顕著な例だが、ビル街を縫うように路線が敷かれているのはご存じだろう。こういう無節操な風景が回避されもする。つまり合理的で美的だという考え方だ。
 メタボリズムとは、生物学用語で「新陳代謝」を意味し、環境にすばやく適応する生き物のように次々と姿を変えながら増殖していく建築や都市のイメージをいう。

メタボリズムの未来都市展「東京丹下健三研究室 東京計画1960」
メタボリズムの未来都市展「東京丹下健三研究室 東京計画1960」
考 察
 東京を見学する場合は、少なくとも日本の最先端を追うと楽しい。そこで都市計画の最先端としてこの度の展示会と出会った。
 このように生活財や環境財を大中小に分類しユニット化する建築家の発想には目を見張るものがあるが、問題は六本木で確認したライフスタイルや、小樽にみられるようなコミュニティをどう包含するかには応えられていない。
 人は合理性や美観性を求めるが、自己実現や意義ある人間関係をも求める。さらにはエネルギー、ビジネス、そして文化のことなど総合的な視点で都市計画は検討されなければならない。