小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(21)

ハワイと小樽


驚 き
 これまで海外へは二十数回旅行で出かけたが、へそ曲がりの筆者は誰もが行きたいというハワイを正直いって馬鹿にしていた。何故なら、旅はテーマを持って探索するものだと言い聞かせていたからだ。しかし年をとると、ノンビリしたいわゆるリゾートもいいものだと感じはじめハワイへ行った。何もしない観光である。
 飛行場から降りて陽気に触れた途端、気持ちが少しハイになってきた。「陽気」という言葉の意味を身体で悟った。さらにチェックインしてワイキキの浜辺を歩くと、誰もがノンビリでスマイルなのを見て気持ちがオープンになった。ウォーキングをして多くのウォークマンに出会い、気持ちがフレンドリーになった。プールで寝そべっていても日差しはあるが火傷するようなものではなく、適度なBGMや生バンドで気持ちがヒーリングしてきた。
 焦ったり、くよくよしたり、ガツガツしたり、ギスギスしたりという日常にはよくある気持ちが出てこないことに気づいた。
 気候もさることながら、リゾート地としての歴史もこなれているのだろう。誰もが行きたいという楽園とはこういうものかと納得した。

何もしない観光
 かつて西武が北海道にサホロリゾートをつくったとき、「何もしない観光」と銘打って多くの会員を集めたことがある。その意義をハワイで実感した。
 観光とは「国の光を観る」と能動的な意味にのみ解していた己を反省した。人が社会に対して抱く影の部分を剥がすと、こんなにも優しくなれるんだと思った。国の光も大事だが自分の光を導き出してくれるその効果はなんと偉大なのだろう。何もしないというのは、何も観光しないということだが、何かをせずにいられない日常を恨めしくさえ感じる。

ハワイ効果と小樽観光
 小樽にハワイのような受動的な観光は望めるだろうか。ハワイは「行って過ごす」だけで、私のように疑いを持つ者にまでチャンと効果を発揮する。そうパンフレットに明記しても薬事法に引っかかりはしないだろう。もしや念仏と同じか?しかし念仏は疑ってかかると効果が出ない。
 小樽へのビジターの印象はファンタジーに集約される。しかし「来るだけでファンタジー」になれるだろうか。かつて本稿の「帰化人」で取材した佐々木邦俊氏は、「小樽は宝の山」といい「小樽全体がディズニーランド」とまで小樽観を昇華させている。まるで仏さんのような境地にあられる。
 小樽でさんざん、醜いものや汚いものや卑怯なものを見てきた私からみれば、佐々木氏の意見に大賛成でも、そうするためにはどこかで「戦い」を覚悟する自分がいる。とすれば「来るだけでファンタジー」は保証できても「過ごせば反対事」にならない道を創らねばと思う。
「夢でもしあえたら」という歌があったが、いっそ、度肝を抜くバーチャルがあってもいい。「過ごしてもなおファンタジー」であるために、夢を育む環境と考えた。

小樽仮想観光
 たとえばこんなバーチャルを夢想した。舞台は手宮線である。
 ここに桜並木を植え、春は満開の桜で彩られる。沿線には小樽独自の建築様式である木骨石造の蔵を誘致し別名石蔵参道、その一つ一つが粋な工房・洗練された商品販売店・お洒落なカフェやレストランやバー、さらには私設ミュージアムなどが出店する。これらのテナントは国際的な選択肢で誘致する。宿泊は市内のホテルに加え、B&Bの小規模な施設もある。最大のミソは「交流街」。この交流を媒介として夢を育む。外国語を話せる交流人が案内をし、飲食店で様々な交流が推進される。こんな街並みをバーチャルで描き、実際に店に入り買い物(通販)もできるようにする。沿線にはレトロなデザインのDMVがノンビリと走り、ウイングベイの大型駐車場とリンクする。
 仮想観光には小樽の全てのエキスを投入し、実際に仮想観光可能にする。小樽の仮想観光は夢で満たされ、年間700人以上訪れる可能性もある。とすればアナログ(実際の)観光もこの夢に近づこうとするのではないか。