小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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意匠(23)

蒸気時計


小樽メルヘン交差点の蒸気時計
小樽メルヘン交差点の蒸気時計

仕掛け人
 本誌33号「帰化人」掲載の工藤竜男氏が仕掛け人。昭和50年代に旅行代理店勤務時代に添乗員としてカナダのバンクーバーへ赴き、そこで初めて蒸気時計なるものを見て感動。この印象が工藤氏の心に刻まれる。
 氏は小樽の様々なまちづくりで実績をあげているが、小樽オルゴール堂やルタオのある交差点(七差路)「メルヘン交差点」の名付け親でもある。

背景
 平成6年に工藤氏は二人の人物と交流を深められていた。ホクリョウの会長米山氏とブルーハウス(当時小樽オルゴール堂経営)社長斎藤氏である。米山氏はメルヘン交差点付近の建物所有者らと「彦左の会」を結成し情報交換の交流を図られていた。工藤氏は心に秘めていた蒸気時計の印象を斎藤氏に話し、斎藤氏は二つ返事で乗り、約4千万円の設置資金と維持費も承諾してくれた。さらに設置する場所はオルゴール堂前ではあったが公道であることから、彦左の会が小樽市に掛け合い、これも承諾を得る。一つの問題は設置希望箇所に樹木があったことから、この樹木を移設することで決着。
 工藤氏は早速カナダへ飛び、バンクーバーのガスタウンに設置されている蒸気時計をつくったレイモンド・サンダース氏に会い製作を依頼。

設置
 レイモンド氏は必要なパーツをつくり、小樽でこれらを組み立てた。仕掛けは針を電気で動かし地下を這わしてオルゴール堂の電源とつなぎ、15分おきに鳴る蒸気の音色(汽笛)はオルゴール堂内に2坪ほどのスペースを割いてボイラー室を設置し、これも地下でつないだ。朝の9時から夜の9時まで汽笛が発せられる。高さ5.5m、重さ1.5t。現在世界中に蒸気時計はバンクーバーと小樽にしかない。平成6年竣工。
 小樽の観光写真には必ず掲載され、小樽の景観のシンボルになっている。