小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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帰化人(32) 小樽こだわりのライフスタイル

住む街としての付加価値を
倉 浩一朗 氏
北海道新聞社小樽支社営業部次長

北海道新聞社小樽支社
〒047-0032 小樽市稲穂2-8-4
TEL 0134-23-3171 FAX 0134-22-5604
kuraku@hokkaido-np.co.jp


帰化経緯
 倉氏は1966(昭和41)年札幌生まれ青森育ちで、平成元年に北海学園大学経済学部を卒業し北海道新聞社へ入社。営業職で広告局に配属され、札幌・旭川・苫小牧・東京・函館などの勤務を経て、平成19年7月に小樽支社に赴任され、もうすぐ5年が経過する。

大学時代
 北海学園大学在学中に朝里スキースクールでアシスタント教師を行う。そこで何度か小樽の夜の情緒を味わい強く印象に残ったという。最も強く記憶に刻まれたのが、当時花園の浮世通りにあった居酒屋「暮六つ」。2階へ上がり暖簾を開けると、炭火で焼く魚の旨そうな臭いが漂い、壁・天井・床が黒光りする年季の入りよう。背が大きく無口な親父が慣れた手つきで魚を焼き、燗酒をセットする。このまるで異次元の印象が倉氏の小樽への窓口になっていく。

赴任時代
 小樽赴任当初は琴似に購入したマンションから通っていたが、1年後には腰を据えようと桜町の借家に家族ごと越した。その住まいからは小樽の青い海が見え、山を背負う居住環境から、いつも解放感に包まれているという。赴任早々会社から潮祭り実行委員会への参加指令が下り、花火大会の仕切りをまかされる。集客の目玉といわれる花火大会にバリエーションを添えてきた。
 「小樽はよそ者を受け入れにくいといわれますが、私はそうは思いません。ちゃんと向き合えば転勤族であろうとなかろうと受け入れてくれます。それは人によって違うとすれば、私は恵まれてきたということになりますね。ですから居住環境の解放感と人間関係の温かさに包まれていると実感できます。私は一生つきあえる友達をこの小樽でたくさんつくりたいと思っています」と断言される毅然さが実に頼もしい。

展望
 「いろいろな箇所を訪ねていますが、私から見た小樽の原風景は祝津の漁師町ですね。小樽は確かに港湾商業で栄えた痕跡も多くありますが、集落が形成されたのは鰊漁で、祝津はいまだにその痕跡がしっかり残っています。だから私がそう思うということは、逆に祝津を歩くと祝津の空気が私に多くを語りかけてくるともいえます。また所詮、自然と人ですから、海と山の間で人間が暮らしている大局的な原風景ともいえますね」
 「人口減少を食い止めるには産業振興が最大の課題ですが、小樽に住みたいというニーズは札幌勤務の人々には潜在的に間違いなくあると思っています。私の知人でも北広島や江別に家を建てる人はいますが、小樽に建てる人はいません。住む街としての付加価値をもっと追求してもいいと考えています」
 転勤族の倉氏の経験に基づいた現場案として、実に重要な指摘をされる。
 「潮の花火をまかされていますが、日曜日の花火を土曜日に上げれば宿泊客が増えると思うのです。手続きの困難さも時間が解決してくれると思います」

もっと一つに
 「私は仕事や生活の上で小樽には特段不満はありませんが、小樽の展望という視点からいえば、棲み分けがないようでありすぎるきらいがありますね。間違いなくそれらは光の価値を持つのですが、リンクせずに線にならず点のままという現象が目につきます。もったいないですよ。潤滑油・潤滑剤、あるいは緩衝帯、もしくは遊びがないのですね。誰が潤滑剤で何が潤滑油で、どういう装置が緩衝帯で、どの部分が遊びなのかという議論も一方で必要なのかもしれません」
 そんな貴重で新たな視点を投げかけてくれる。しかもオットリしていながらカンがよく、批難すべきでないことへのわきまえもあり、いつでも弾けそうな笑いをツボを待機させておられる。