小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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文化素材(9)

祭り



俗な由来
 18号で小樽の神社祭について書いたが、小樽のような地方都市に15もの神社祭があることが不思議だといわれる。よくよく聞けばそうでもなく、大都市は別としても田舎であれば数々の神社祭があるらしい。神は人間が勝手にこしらえたものだから、七福神に限らず無数にあっても不思議はない。科学も情報もわずかしか浸透していない時代に神様は必須だ。同じ神を祈れば共同で祠を建て、多くが賛同すれば神社も建つ。その維持のために氏子(信者)が組織され、この氏子が準備をし主催して神社祭が始められてきた。

テキヤ
 プロの露天商を野師という。的屋と書き香具師・山師ともいわれる。広辞苑には「いかがわしい品物を売る商人」で「狙いが当たれば利益を得ることから的に矢が当たるになぞらえたと…」と書かれている。
 求心性のあるものに人々が集う、集うと商いができる。だから門前市という寺の前の通りに市ができてきた。神社で祭りをすれば人々が集まるから店舗を固定していない露天商が店を出す。こんな風景は世界中にある。定着した固定店ならば信用が大事だからいかがわしいものに手を出さない。だが露天商は信用よりもヤマを張ってアウトレットを取り揃えて売る。
 神社祭はテキヤで華やかになる。綿飴、金魚すくい、射的、お化け屋敷、たこ焼きなどが定番になっている。逆に定番になっていることから的屋のリスクは低滅してもいる。

御神体
 祭りの定義はたった一つ奉る御神体があればいい。神社祭はそれぞれの神を奉る。ちなみに潮まつりは海への感謝、招魂祭は戦没者、かつてのポートフェスティバルは運河のポテンシャル、サマーフェスティバルは銀行街のポテンシャルなどを奉ってきたといえる。奉るものが神様の場合を祭りといい、それ以外の場合をイベントと俗に言う。

潜在性
 奉るべきものの下で誰もが平等であることから無礼講が発生し、無礼講ゆえに人が本来持っている奇行がどこからともなく繰り出され気分が盛り上がり精神が高揚する。この高揚が潜在性発揮の場になる。
 かりにフォーマルを着こなしてキザったらしいパーティもにおいても同様に、シャレたエスコートや粋な誘い方が生まれる。
 早い話、気持ちやムードから繰り出される潜在性の発揮に祭りの醍醐味がある。逆に観衆の側にも多少の失礼を許す寛大さが備わっている。これが祭りという装置だ。まるで神様に導かれるかのような計らいだ。

ハレとケ
日常をケ、非日常をハレというが、祭りはハレで、俗に「晴れ舞台」という語もここから派生したらしい。オリンピックはまさに晴れ舞台だ。そのために日常は人知れずコツコツ練習に励む。だからハレという短時間にはケの長い長い時間の出来事が凝縮されている。これを観衆は感じている。アスリートも日々の練習の成果に加え、オリンピックという現場の興奮が世界新記録などという奇蹟を生み出す。祭りの観衆と奇行と同じ関係だ。このように人間の潜在性に光を当てる場が小樽には必要だ。