小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
bg_top

意匠(32)

公衆電話(再)



今の小樽駅の初代駅舎(撮影当時は中央小樽駅)。 3人の駅員の左後方に電話ボックスが見える。 『北海道鉄道国有紀念写真帖』 (1908=明治41年4月発行。市立小樽図書館蔵)より
今の小樽駅の初代駅舎(撮影当時は中央小樽駅)。 3人の駅員の左後方に電話ボックスが見える。 『北海道鉄道国有紀念写真帖』 (1908=明治41年4月発行。市立小樽図書館蔵)より

 10月号において、少々誤解されていることもあるので、僭越ながら、著者と協議し代わって再論します。
 同号総合史にあるとおり、小樽での電話開通は1900(明治33)年4月1日。同時に小樽電話交換局内に色内町電話所が設置され、これが小樽での公衆電話の嚆矢となる。もちろん室内だから、後年の電話ボックスといった形ではない。これは全国各地の電話交換局でも同じであり、1890(明治23)年12月16日東京〜横浜間に日本最初の電話が開通したときも、日本橋電信支局内など東京の15個所と横浜電話交換局内との計16個所に電話所が設置されている。小樽よりも10年近く早い。
 先月号掲載の写真は、1911(明治44)年皇太子(のちの大正天皇)行啓に際し、同年7月に竣工移転した2代目駅舎であり、この時点ではすでに高島から中央小樽と改称されている。つまり、この写真が「明治37年当時の小樽中央停車場」ということは、二重に誤りである。
 今の小樽駅で公衆電報の取扱が始まったのは、1905(明治38)年1月20日(当時は高島停車場)だから、公衆電話もこれと同時かとも思える。また、「同34年9月設置」とあるのは、小樽停車場(今の南小樽駅)のことであり、この時点では北海道鉄道は開業しておらず、今の小樽駅は存在していない。
 最後に正しい小樽中央駅と電話ボックスの写真を掲げます。