小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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帰化人(52) 小樽こだわりのライフスタイル

見るから観るへ
坂田真佐絵 氏
一般社団法人小樽観光協会
事業推進主任
〒047-0031 小樽市色内2-1-20
tel 0134-33-2510 fax 0134-23-0522
sakata-ms@otaru.gr.jp



帰化経緯
 高校教員を父にもつ坂田真佐絵氏は昭和47年稚内で生まれ、小学5年滝川、小学6年岩内へ父について転校。家族で小樽の望洋台に家を構えたのは真佐絵氏が中学時代。以後、滝川の國學院短期大学を卒業、22歳で札幌の日本旅行に勤務し添乗員や営業に従事、29歳で小樽の実家から札幌テレビ塔教育旅行部に勤務する。 
 そして昨年11月1日より小樽観光協会に就職、住まいも仕事も小樽人となる。

小樽観の変遷
@短期大学時代
「素敵な街という印象を持ちました。鰊場で働いていた家系で小樽を愛していた祖父が、娘だった頃の母へ小樽の栄えていた時代の話をよく聞かせていたようで、母を介して聞く昔の小樽の話題はとても興味深く私の心の中に蓄積されていました。栄えた歴史を持つ街とそうでない街の重みと深み。祖父から母、母から私へ。そんな受け皿を持つ私が見た小樽は、たとえ人口減少が続く状態であっても、祖父の遺伝子を通して見ていたので、なにか心に染みたのだと思います」
 短大時代に帰郷した際の小樽観を目を細めて語る。
A札幌勤務時代
「小樽の実家から札幌に勤務で通っていた時代は、仕事柄ツーリズム的視点でしか小樽を見ていませんでした。観光客の視点ですね。住んでいながら外から見ていたので、そこに生活感が伴わないほど仕事人間だったと思います。仕事の夢や希望やあるいは欲には天井がありませんので、生活感をあえて無視してしまうほど余裕がなかったのかもしれません。今思うと実にもったいない時代だったと思います」
B現在
「仕事も住まいも小樽となった今は小樽の様々な風景を見て、自分でも驚くほどいろいろな物事が情緒としてビンビン感じてくるんです(笑)。祖父の遺伝子が蘇ったのでしょうかね。今まで気にもしていなかったものが見えて、まるで見るという行為に血液が流れて、体内に同化するほどです。毎日が小樽再発見です。というより、小樽は変わっていないのですから、逆に私自身の自己発見という方が正確かもしれませんね。感じるからこそ好奇心も湧き、もっともっと見ようという意識に変わっています。見るから観るへの変化ですね。視覚だけではなく、五感で小樽を感じるということでしょうか」

自己発見
 通りすがりの風景と積極的に見ようとする風景では全く異なる。ただでさえ見る角度が異なれば印象も異なる以上に、見る側の見方による違いは大きい。ここから見たらとても美しいという、どちらかというと客観的な視点ではなく、心の目の置き所次第では全てが美しく見える主観もある。坂田氏は観光協会という職場で、様々な観光視点を教えられたり、発見したりする毎日の中で、「そういう見方もあるんだ、こういう光もあるんだ」と感じながら、他人から提示されたものを売るのではなく、自ら感じた光を創る人に変わられた。これが発地型観光から着地型観光へ移行する瞬間なのかもしれない。

街の遺伝子
 栄えた小樽を見てきた祖父がまるで自分のことのように娘にそして孫娘に愛情を込めて物語る。真佐絵氏にこういう心の基盤があったから、小樽を見るから観るへの変身を実現された。
 栄えた小樽を知る小樽人は少なくなってはいるが、栄えた事実は消えないと同時に恵みでもある。その気にさえなれば小樽の多くのものが磨けば光る原石に観えてくる。小樽人がワクワクせずどうして観光誘致などできようか。観光客を誘致してお金を落としていただくマーケティングも必要だが、観光関係者が自らワクワクする気持ちを持つ方が先決だろう。
 坂田真佐絵氏がいう「見るから観る」という視点で一陣の風を起こすことを願いたい。