小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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まちづくり観光(5) まちづくり運動と観光

伝統芸能能と狂言
旧岡崎家能舞台を生かす会
 会 長 三ツ江 匡弘 氏


旧岡崎家能舞台 1985年小樽市指定歴史的建造物
旧岡崎家能舞台 1985年小樽市指定歴史的建造物

旦那衆文化
 小樽の黄金時代には巨万の富を築いた大勢の商人が活躍しました。これらの富を活かした商人の趣味を「旦那衆文化」と表現しています。

旧岡崎家能舞台を生かす会 会長 三ツ江匡弘 氏
旧岡崎家能舞台を生かす会 会長 三ツ江匡弘 氏
岡崎 謙 氏
 岡崎 謙氏は1877(明治10)年に佐渡で生まれ、東京英和学校、国民英和学校、東京高等商業学校(現・一橋大学)で学び、1899(明治32)年に小樽で米、荒物、雑穀、倉庫業を営む家業を継いだ小樽商人の一人です。
 故郷佐渡と能を愛し、英語や商業を学ぶ中で、日本の伝統文化の大切さを認識していったと思われます。
 岡崎氏は自邸を1926(大正15)年に建設した際に能楽堂を併設し、「小樽能楽堂」と称しました。

小樽能楽堂
 岡崎邸の小樽能楽堂では、地域の能楽活動が積極的に行われ、宝生流・野口兼資師、近藤乾三師、世阿弥の流れを汲む観世流宗家など大正・昭和初期に活躍した能楽界のスターたちが競うように演能しました。

小樽市への寄贈
 1954(昭和29年)岡崎 謙氏が他界すると、故人の遺志として能舞台部分が市に寄贈され、1961(昭和36年)、小樽市公会堂に併設される形で移築されました。その際、演能には不可欠である切戸口が閉じられ、専用の見所や楽屋が設置されないなど、正式な能楽公演には不向きの状態となりました。以後、その状況が変えられることなく現在に至っており、また老朽化によって傷みも進んでいるため、その再整備が強く望まれています。

能に親しむ市民の会
 1962(昭和37)年小樽商工会議所の専務理事となった佐藤繁夫氏は北海道新聞記者時代に、実際に岡崎家での野口兼資師の演能を鑑賞し、1974(昭和49)年に有志とともに「能・狂言の会」の設立を検討、1985(昭和60)年に「能に親しむ市民の会」(世話人代表 佐藤繁夫)が発足します。翌年から毎年、鑑賞会・講演会などを実施し、鑑賞会には400〜500人が来場、会員も700名に達するほど、小樽での能は定着していきました。
 1996(平成8)年に佐藤繁夫氏が他界し、実弟である佐藤文義氏(小樽女子短大教授)が代表となり、1997(平成9)年には山田家正氏(元小樽商科大学学長)が引き継ぎます。2007(平成19)年第20回目の鑑賞会を終えて、能に親しむ市民の会は解散しました。

旧岡崎家能舞台を生かす会
 20年にわたる能に親しむ市民の会の活動の中での演能のノウハウや能楽界との人脈を惜しみ、1998(平成10)年から同会幹事であった三ツ江匡弘氏が新たに「旧岡崎家能舞台を生かす会」を2007(平成19)年10月に結成しました。
 旧会の「能・狂言の公演を通して能楽の普及と能舞台再建の気運を高める」のに対し、当会では、「能舞台を利用しながら能楽の普及を図ると同時に能舞台の再建を目指す」とされ、ソフトとともにハードの再建を目指す運動を心掛けています。
 三ツ江氏は自らも2001(平成13)年から藤井雅之師に師事、能楽の学術的調査や研究をされています。

小樽観光と能
 岡崎 謙氏が小樽に一流の能文化を根付かせ、それを佐藤繁夫氏が継承し、そして今、三ツ江氏に継承されています。
 小樽で育まれる一流の伝統芸能は、岡崎家が残した能舞台とともに、小樽が誇る文化運動といえるでしょう。そして「小樽へ行ったら能舞台と能の鑑賞を」といえる日も遠くはありません。