小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地域資源活用ビジネス(3) 小樽独自のビジネスモデル

街並の活用
有限会社 利尻屋みのや
代表取締役 簑谷 修 氏


堺町通りの景観
堺町通りの景観
利尻屋みのや開店
 堺町通りの観光は、1983(昭和58)年の北一硝子三号館の開店から始まりました。そして運河散策路が整備された1986(昭和61)年ころには、堺町通りは北一硝子三号館と運河を結ぶ散策コースとなり、多くの観光客が歩くパターンが生まれ、点が線に展開してきました。
 小樽観光の特徴は、豊かな歴史的環境を現代風にアレンジしてきたことですが、堺町通りはまさに小樽の黄金期を築いた多くの小樽商人が拠点を置いた地区であり、彼らの築いた建物が歴史的建造物として現在でも残っていることが、観光メッカとなる潜在性を秘めていたといえるでしょう。

小樽観光の系譜から
 1991(平成3)年に利尻屋みのやが堺町に開店します。売り物は昆布です。「七日食べたら鏡をごらん」というユニークな宣伝文句が掲げられました。
 「日本の昆布の生産の95%は北海道でありながら、恵まれた環境のためか、小樽市民にはなかなか売れないことは充分わかっていた」「利尻生まれの私にとって利尻産昆布の販売は故郷への恩返し」と簑谷 修氏はいいます。それゆえ、小樽で昆布を売るなら観光客を対象とし、観光メッカとなりつつあった堺町に出店しました。

簑谷氏プロデュースの出世前広場
簑谷氏プロデュースの出世前広場
ホラ・エピソード、そしてレトロとの合体
 たかが昆布、されど昆布、簑谷氏はどうしたら売れるかを必死に探ります。昆布の歴史を調べれば調べるほど、昆布は時の権力者の大事な資源であったことがわかってきます。 この権力者の数々のエピソードを販売促進に使おうと思いつきます。
 興味をそそるホラで引き付け、歴史的エピソードで商品の付加価値を高め、そして実際、食べると美味しいと、次第に常連のお客様が増えてきました。
 次に店舗の演出です。簑谷氏は、昆布はデパートのような近代的な空間より、昔ながらの空間の方が売れるのではと思い、まして歴史的エピソードを駆使するなら、レトロな空間演出が必要だと考えます。
 こうして簑谷商法が確立していくことと、堺町通りに新たなアイディアの店舗が次々と誕生してくることが相乗効果となっていきます。

簑谷氏経営のたちかま料理 惣吉
簑谷氏経営のたちかま料理 惣吉
地域資源の考え方
 簑谷商法は「レトロな街並」という資源を活用していることになります。「資源はモノばかりじゃない」という一方で、「金がないからソフトに頼るしかなかった」と語る簑谷氏には、弱さを知っている大いなる智恵を感じます。

小樽歴史館
小樽歴史館
熱き思い 〜小樽歴史館〜
 「私は16歳の時に小樽に心から憧れて職工として就職しました。51歳で一念発起してこのビジネスを始めましたが、なぜ? どうして? という抑えきれない思いがあります。それは、他町村が羨むくらい、小樽は恵まれた歴史的遺産を相続していながら、文化的・経済的自立ができずに、何かに頼ろうとしているということです。」
 簑谷氏は誠に遺憾の極みといいます。中央が駄目なら地方も駄目ではなく、地方から新たなビジネスモデルを生もうとする、そんな若者に期待して、「小樽の若き獅子たち・小樽歴史館」が今年、出世前広場に併設されました。

環境・文化・経済
 「豊かな環境に豊かな文化が育まれる」といわれます。事実、小樽商人たちはみな自立して新たなビジネスモデルをつくり、たとえば米や小豆の集散基地となり、餅や菓子の食文化が開花しました。こういう事例があるにもかかわらず、小樽に残された多くの歴史的遺産、いずれも宝の持ち腐れの域を脱していません。
 「文化なきところに自立した経済は育たない」と断言する簑谷氏は、さらに「答えはかつての小樽商人が持っている。本州では食えなかった人々のハングリー精神に帰ろう。」と明快に考えています。