小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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小樽商工会議所移転


移転した小樽商工会議所
移転した小樽商工会議所

旧小樽商工会議所
旧小樽商工会議所

経緯
 2009(平成21)年6月29日から、小樽商工会議所が移転し、新たな業務を開始しています。
 会議所では平成に入って間もなく「経済センター」建設が議員の中でリアリティを持ち始めます。「経済センター」とは、各種経済団体やイベントホール、会議スペースを持ち、集まりやすい立地によって、情報収集や効率的な事務処理を可能にする複合ビルをいいます。1998(平成10)年には具体化され、2000(平成12)年から議員による積立が開始されました。
 本構想がリアリティを持ち始めた背景には、1933(昭和8)年に建設された建物が老朽化し、加えて手狭になってきたことが大きな要因でもありました。

物件
 2004(平成16)年から具体的な物件探しに入りましたが、帯に短し襷に長しの感を免れずにいました。そんな折、昨年8月、稲穂2丁目の旧日専連ビルの売却が浮上してきます。立地もスペース規模も会議所の経済センター構想には渡りに船の好物件でした。売却額は様々な条件を整理することにより、結果的に2億円で話がまとまり、本年3月31日に所有権の移転が行われ契約が完了します。

旧小樽商工会議所
 旧小樽商工会議所は既に小樽市指定歴史的建造物になっているので、会議所の総意は「原形維持によるリニューアル活用」を前提とした、売買で模索しています。これまでミュージアム・レストラン・工場兼店舗等の相談がきていますが、議員間の議論にのる段階にはなっていません。また、特に日程的な目標も定められてもいません。
(取材 石井 伸和)

旧小樽商工会議所の創建資料と図面
 小樽の歴史的な洋風建築の構造は、明治期にアメリカとイギリスの影響によって導入されたレンガ造と石造、続いて大正期になって新たに鉄筋コンクリート造が出現しました。このセメントを用いた構造は、昭和初期になると市民に親しまれる公共建築に採用されました。その建物を挙げると、小樽市庁舎(1933=昭和8年、小樽市指定歴史的建造物)、小樽駅舎(1934=昭和4)年、国指定登録有形文化財)があり、今もなお市民の生活に切っても切れない見近な建物になっています。
 旧小樽商工会議所の建物(色内1丁目)は、経済人の出資によって市庁舎と同じ1933(昭和8)年に鉄筋コンクリートで完成しました。時代の先端の建築技術を地元小樽の設計者・土肥秀二と施工者・萬伴作がいち早く採用した建物であり、現在、小樽市指定歴史的建造物になっています。しかし、これまで新築時の資料を詳しく調べる機会がなかったので、創建の背景や鉄筋コンクリートの建築技術がどのように導入されたのか、いつか究明したいと思っていました。
 2009(平成21)年6月、小樽商工会議所が稲穂2丁目へ移転する引っ越し作業の際、建築資料と図面が保管されていることを職員から教示されました。それらは、1932(昭和7)年から34年にかけた「本所建築関係書類」、「建築費支払書綴」、「支払原簿」の書類とともに建築認可申請書と新築図面も保存されていました。この申請書は、1932(昭和7)年12月2日に会頭河原直孝が北海道庁長官へ宛てたものであり、その提出先は小樽警察署でした。現在は建築基準法にもとづいて市役所建築指導課へ提出する書類ですが、当時は市街地建築物法にもとづいて北海道庁長官へ宛てて申請していました。書類の一端から昭和初期と現代との建築行政の違いが見えてきます。
 小樽商工会議所に保管されていた創建時の建築資料を詳しく調べることによって、小樽の建築界が最新の鉄筋コンクリートの技術をいかに導入していたかが究明できそうです。その成果は、小樽商工会議所の新たな利用に役立てられることを願い、しばらくは資料に釘付けの日々になることを覚悟しています。
(北海道職業能力開発大学校 駒木 定正)