小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地域貢献 〜外貨獲得〜 (7) 地域経済全体のパイを大きくしてくれる

株式会社 新宮商行
代表取締役会長 坂口 榮之助 氏


株式会社 新宮商行 代表取締役会長 坂口榮之助 氏
株式会社 新宮商行 代表取締役会長 坂口榮之助 氏

株式会社 新宮商行 本社社屋
株式会社 新宮商行 本社社屋

 グローバル企業が小樽にあります。かつて黄金時代を築いた多くの小樽商人のビジネスはほとんどなくなっていますが、当時並み居る小樽商人の一人に数えられ、今日もなお発展を続けている数少ない企業の一つ、集成材製造販売をしている、新宮商行 現会長(三代目社長) 坂口榮之助氏にお話を伺いました。

外貨獲得(小樽外への販売)
編集(本誌編集人 石井伸和)
 2008年度の売り上げ74億円のほとんどが小樽以外だそうですが、小樽の企業への販売は?

坂口(坂口榮之助会長)
1%以下ですが、昔からの貴重なお客様です。

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海外と国内との比率は?

坂口
ざっと海外が5%、国内が95%でしょうか。仕入れは海外・国内半々くらいです。

創業経緯
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新宮という社名の由来は? また韓国の仁川で事業化されたのは?

坂口
和歌山県新宮で私の父が木材業を営んでいたのが社名の由来です。たまたま同じ和歌山県で建設請負を業としていた利光小三郎という人が、新宮の学校建設を落札した際に、私の父茂次郎に会うのです。ちょうど日露戦争の頃で、日本が勝ったものですから意気盛んな時代でもありました。それで茂次郎が木材需要が高い朝鮮に市場調査に出かけます。そして木材が豊富で日本領土となった樺太からの仕入れルートを開発し、1906(明治39)年仁川で事業を開始、翌年に鉄道枕木30万本の注文を受けました。

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なるほど、まさにグローバルな視点ですね。ではなぜ本社が小樽?

坂口
樺太からの木材仕入れは、既に国際貿易港となっていた小樽港が拠点でした。木材の到着する小樽が最も合理的だったのです。

海外取引の苦労
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通常、貿易というと大手商社をイメージしますが、小樽の会社が海外取引をするにはどんな苦労が?

坂口
昭和7年頃、父の代で北海道ナラのインチ材をヨーロッパに輸出する機会を得ました。ロンドンへ出向きエージェントのプライス&ピアス社と何度も交流・交渉をし、2年を費やして契約にこぎ着けました。
 私の代の昭和24年頃、アメリカのマッカラー社から当時画期的なチェンソーを輸入することにしました。フレッド・ブレアという私と同年代の担当者と何度も交渉を重ね、3年がかりで契約にこぎ着けました。

大手商社との違い
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商社は互いの信用も事情も事前に把握しているので、条件交渉のみで合理的と聞きますが。

坂口
ところが大手商社にも落とし穴があります。データ化された信用や事情は決して不変ではないということです。父も私も現場を重要視してきました。商いといえども現場を見なければ本当のニーズを把握できません。
 例えばチェンソー輸入のきっかけもそうでした。北海道の苫前町にある古丹別の山の伐採現場に足を運び、当時鋸を人力でひいているのを見て、機械化できたらどんなにはかどるだろうと思ったのがきっかけでした。
 また海外の相手との交渉も同様です。私自らが英語の勉強をして交渉の矢面に立ちました。
 確かに2年や3年の交流・交渉期間はビジネス上ロスタイムですが、その間に互いの人間の深さを知ると同時に、個別の信頼が築け、様々な場面でプラスに転じ、また継続されていきます。

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勇気の出るお話、ありがとうございました。