小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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編集後記

歓喜踊躍


 先月号で「人は何故踊るのか」について記しましたが、以下感覚ごとを加筆します。
 幕末の「ええじゃないか」、明治初期の「オッペケペー」、そして今日の「YOSAKOIソーラン」の背景に共通するのは、時代困惑の飽和状態からくる、踊らずにいられない衝動の連鎖反応といえそうです。また、庶民のしたたかな風刺が込められてもいます。風刺の心根があるから伝播しても、あるいはそれを見ていても心地いいのでしょう。デカダンスや廃退主義とは異なり、社会に向けての反骨や主体性が存在しています。
 浄土真宗の「歎異抄」という書物に歓喜踊躍という言葉が出てきます。念仏を唱えていると阿弥陀如来に出会い歓喜踊躍(嬉しさのあまり体が踊り出す)するという文脈です。また画家や作家や書家などは筆を動かしているうちに、「何者かにこう書けと命じられるまま書きました」という表現をされることをよく聞きます。
 つまり突き詰めた時の体の動きは「神的なるものとの遭遇」ともいえます。されど踊り、深いですね。

歴史文化研究所
 副代表理事・編集人 石井 伸和