小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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小樽の意匠(9) ホーロー看板


岡田明彦写真集『記憶の小樽』より
岡田明彦写真集『記憶の小樽』より

材質
 よく「新素材」と聞きますが、これまでになかった新たな素材で、今日でいうとセラミック、少し前ではプラスチックなどがあげられます。ホーローは琺瑯と書き、1950〜1970年代に普及し、「金属の上にガラス質の被覆をかけて密着させたもので、金属のじょうぶさと、ガラスのもつ耐食性と清潔さとを兼ね備えた材質…。金属は鋳鉄・アルミニウム・銅板などが使用される」<『世界大百科事典』>ですが、主に食器・鍋・ポット・カップなどに使用されています。

ホーロー看板
 テレビが一般家庭に普及しはじめるのは1970年代からです。それ以前は屋外広告の媒体として、ホーロー看板が、電信柱や家屋の壁、あるいは店先の軒にぶら下げるなど、街並みでは一般的な風景でした。背景としては高度経済成長期で昭和の最も活気のあるシンボルといえます。現在では極めて少なくなりましたが、昭和のレトロの対象として、マニアの間ではプレミアムがつく貴重なオタカラになっています。
 旧国鉄、郵政省、専売公社はもとより、新聞社、酒、飲食品などがその対象としてよく見かけられました。

小樽のホーロー看板
 この写真は1972〜83年の間に撮影された塩谷の家屋の写真です。<岡田明彦写真集『記憶の小樽』より>この中には「オタルサウナ」「小樽自動車教習所」など地元小樽の施設も入っています。その他、小樽では「バンビキャラメル」「宝川」などが記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。
 ホーロー看板は小樽で製作された形跡はなく、札幌では素材を本州から調達してプリントや焼き付けを行っていたようです。
 現在の小樽を歩いてみても、このホーロー看板を目にすることは極めて稀です。とはいえ過去にこの看板に関する規制がかけられた訳でもありません。時代の趨勢として自然消滅していきました。