小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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意匠(17)

共用栓


共用栓の専用栓
 明治44年7月7日に小樽区は創設水道仮通水し、大正3年に創設水道工事が竣工、翌大正4年に奥沢水源地で通水祝賀式を挙行するが、明治44年6月に給水栓型式選定委員会において、共用栓の選択が行われ、変遷して戦後の昭和25年には「和田式」「光式」となる。
 水道水が全戸に普及するまでに、近所に住民が共に使用できる水道ということで共用栓が普及する。
 明治44年、給水開始時に公設100栓が設置された。大正末期には498栓(公設348・私設150)で約5倍となり、昭和20年816栓(公設435・私設381)でなお増加を続け、昭和28年には931栓(公設506・私設425)とピークを迎える。
 しかし、昭和35年から一般家庭内に通じる専用栓を奨励し、共用栓を規制した。昭和50年供用栓使用者が皆無になり、全数の専用栓化を完了。

開港資料館中庭の獅子頭共用栓
開港資料館中庭の獅子頭共用栓
共用栓はじめ
 日本で初めて共用栓が使用されたのは、1887(明治20)年、横浜水道創設時に、英国グレンフィールド社製の獅子頭(ライオンの頭)の共用水道栓を600基を輸入したことにはじまる。開港資料館内、山手資料館内に保存されている。
 ライオンはヨーロッパでは水の守り神であることからきており、それが日本に伝わって龍に変わり、龍の口ということで蛇口となったという説もある。

意匠と小樽
 現在小樽市内に4箇所設置されているが、いずれも獅子頭共用栓で、国内で生産されたものをモデルにしている。
 この意匠は、レトロな小樽にうってつけのデザインであり、また小樽の水はおいしいことでも有名。したがって市内各所でこのような共用栓の設置がされるとおもしろい。

小樽でのレプリカはじめ
 (株)光合金製作所代表取締役(現・会長)井上一郎氏が昭和50年代後期に木下合金鰍フ代表取締役木下修氏に依頼してレプリカを2基作成し、本州のお客様へ寄贈した。モデルはライオンの顔がついた「大和田式」で、アルミの鋳物である。