小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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バックナンバー記事ランダムピックアップ
観光学(27) 観光を読む
「までい」とはなにか
 東日本大震災は甚大なる被害と悲劇を生みだしたが、福島第一原発事故による放射能汚染被害はいまだに継続している。とくに計画的避難区域に指定された地域に住む人々は今後も不自由な避難生活を余儀なくされる。
 全村が計画的避難区域の指定を受けた福島県飯館村は阿武隈山系北部の高原に位置する村で、人口は約六千百・・・

帰化人(23) 小樽こだわりのライフスタイル
帰化経緯
 1963(昭和38)年神奈川県大磯生まれの安井顕太氏は、群馬県伊香保温泉近くの硝子工場で修行。1988(昭和63)年、「海を見よう」と新潟からフェリーで小樽へ。仕事柄、開館準備をしていた小樽運河工藝・・・
分野(38) 様々な観光
醤油
 最も原始的な調味料は食塩だが、そのつぎに、食塩に魚貝類を加えて自己消化させた液汁で魚醤といわれるものがある。この魚醤の製法は各地にも残りながら、魚貝類の替わりに大豆を用いた、いわゆる「醤油」が普及さ・・・

山田町の坂
山田町の坂
比較論(31)
水天宮の丘
 小樽の町名はいろいろ変遷してきた。相生町は明治14年、山田町は明治19年と古く、東雲町は大正4年に設置されている。
「明治15年(1882年01月)/山田吉兵衛は相生町、水天宮の西、堺町の於古発川に・・・

編集後記
 麻雀は四角い宇宙にたとえ東南西北がある。いかにも哲学性を帯びたインド発祥らしいゲームだが、ゲームに没頭する諸氏にもいろいろいる。
 基本は順番に山から一牌ツモって、自分の手から海に一牌捨てながら作品・・・
(写真2)明治15年の小樽港  <写真1・2:北海道大学附属図書館北方資料室 提供>
(写真2)明治15年の小樽港 <写真1・2:北海道大学附属図書館北方資料室 提供>
インフラ(7) 地域のためになくてなはらないものたち
明治初期小樽港湾年表
文久元年 場所請負人岡田家 港町海岸埋立
明治2年 手宮海官所設置(5年小樽海官所、8年小樽船改所と改称)追鰊の契機となる
明治4年 帝国軍艦「春日」小樽港測量 堺・港町埋立
明治6年 色内埠頭竣工・・・

観光学(63) 観光を読む
寺のまち・尾道
 私は最近、広島県尾道市を訪れる機会が多くある。北海道大学観光学高等研究センターが広島県から委託を受けて「観光地の価値向上戦略策定事業」を担当しており、西山徳明センター長等と一緒に仕事を行っている。
・・・
アーティスト(18)
届けることと響くこと
 2013年10月からFMおたる毎週木曜日12時~14時「木曜くつろぎ運河通り~m×mf音楽が処方箋」生放送のパーソナリティを担当。番組では小樽内外で活躍するミュージシャンや、道外のツアーミュージシャ・・・