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観光学(36) 観光を読む

東日本大震災とセンス・オブ・ホーム
北海道大学 観光学高等研究センター
センター長・教授 石森 秀三



センス・オブ・ワンダー
 1962年に米国で出版された『沈黙の春』と題された本は大きな衝撃を生みだした。著者レイチェル・カーソン(1907−64)は海洋生物学者で、農薬や化学物質による環境汚染や環境破壊の実態を告発し、警鐘を鳴らした。その本を読んだ当時のケネディ大統領は調査委員会を立ち上げさせ、DDTの使用禁止に至った。そういう意味でカーソンは米国における環境保全運動の先駆けの役割を果たした。
 カーソンの死後に遺作『センス・オブ・ワンダー』が出版された(1965年)。この本は子どもたちが自然観察を通して「神秘さや不思議さに目をみはる感性」を育むことの大切さを教えてくれる。子どもたちはさまざまな物事に対して純粋に驚き感激しがちだ。ところが大人になるに従って、澄みきった洞察力、美しいもの・畏敬すべきものへの直観力を失っていく。カーソンは生物学者として自然界の美しさ・不思議さ・神秘さ・怖ろしさなどを熟知していたので、自分が生涯をかけて感じてきたかけがえのないものとして「センス・オブ・ワンダー」の重要性を喚起したのである。

センス・オブ・ホーム
 世界の三大映画祭の一つであるカンヌ映画祭が昨年五月に開催された際に、河瀬直美監督(奈良県出身、1997年のカンヌ映画祭で映画「殯の森」で新人監督賞を受賞)は世界の映像監督に呼び掛けて「3・11ア・センス・オブ・ホーム・フィルムズ」という映画の協働製作を提案した。東日本大震災をきっかけにして、映画監督として自分に何ができるかと考えているうちに、「大震災でホームを失った人々に映画を通して生きる勇気を感じてもらいたい」と思いついたとのことだった。
 世界各国の約二十人の映像監督に呼び掛けて、大震災によって物理的な家だけでなく、精神的な意味でも家が被害を受けたという認識のもとで、人間にとっての「センス・オブ・ホーム」の大切さを伝える短編映像(3分11秒)を製作してもらい、それらをまとめて一本の映画に仕立て上げられた。たしかに大震災によって、数多くの人々が「住居(ハウス)」だけでなく、心のよりどころとしての「家・ふるさと・ホーム」を喪った。そういう意味で、今あらためて「家族とは」「ふるさととは」「祖国とは」など、「センス・オブ・ホーム」をそれぞれなりに問い直すことは重要であり、河瀬監督をはじめとする21人の映画監督・映像監督は映像を通して意義深い問題提起を行っている。
 この映画は、東日本大震災から半年後の昨年9月11日に奈良県吉野町の金峯山寺で野外奉納上映会が開催された後に、日本全国で上映会が開催されるとともに、韓国やフランスなどの映画祭でも上映されている。
 多忙な日々を過ごしていると、ついつい「センス・オブ・ホーム」の大切さを見失いがちだ。そういう意味で大震災と原発事故で数多くの人々がかけがえのない「ホーム」を失っており、そういう非常事態を通して、人間にとっての「家・ふるさと・ホーム」の大切さを考えることは重要だ。河瀬監督は「日常の中の小さくてもかけがえのないものが、人にとっていかに大切かを考える作品になると嬉しい」と述べていた。観光・旅行産業を担う人たちは「センス・オブ・ホーム」という感性を大切にして、新しい観光や旅行のあり方を提案すべきだろう。