小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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文化素材(4)

北運河




運河の構図
 小樽運河は全長1,144m(沈砂地24m含む)あるが、埋め立てていない北側の470m部分を運河北端といい、運河北端周辺地区を通称「北運河」と呼んでいる。したがって1,144mから沈砂地24mと北端470mを引くと650mになり、この部分が臨港線として幅原形40mが20mになっている。

北運河
 北運河は大正12(1923)年に完成した運河の原形を留め、昭和61年に650mを埋立て散策路が竣工、少し遅れて平成2年に北運河にも散策路と護岸が整備された。また周辺には「旧日本郵船鰹ャ樽支店」が昭和62年6月に修復が完成し、運河と郵船の間に「小樽運河公園」が平成10年度に竣工、「色内埠頭公園」も平成13年度に海浜公園として整備された。
 この北運河地区は、運河の原形が残り、旧日本郵船(国指定重要文化財)が原形修復され、手宮公園と色内埠頭公園に囲まれ、旧日本郵船が使用していた往時の船入澗を偲ばせる小樽運河公園の3つの公園に囲まれている。さらに、北前船主が建てた右近倉庫(右近権左衛門。明治27)、広海倉庫(広海二三郎 明治22)、増田倉庫(増田又右衛門 明治36)があり、遠藤又兵衛が明治28年に建て、大正8年に経営破綻、同年渋澤倉庫になった旧渋澤倉庫もある。そして小樽市総合博物館内の国指定重要文化財の旧手宮鉄道施設、近くには国指定史跡手宮洞窟もある。加えて小樽運河公園には小樽港建設の功労者廣井勇と伊藤長右衛門の胸像や赤い靴像が建立されている。 <『小樽歴史年表』『小樽市指定歴史的建造物一覧』>
 いわばこの地区のこのような集積は小樽の歴史的聖地といえる。

界隈性
 前号で堺町を取り上げたが、今後北運河は観光拠点として大きなポテンシャルを持っている。それは前述した歴史要素ばかりではない。豊かな公園環境に加え、漁船やクルーザーや艀が係留され、コンサートホールやレストラン、釣り場や温泉、産業観光としての北海製罐、少し散策すれば小樽最後の下町手宮が近接し、グルメの起点となる小樽市漁業協同組合や鱗友朝市など、実に多様なリゾート性に富んでいる。
 たとえば運河沿いを歩行者専用とし、係留されている漁船やクルーザーが水上レストランとなり、漁協がその素材を提供し、移動可能な屋台部隊も独自の料理を発信すると、新たな食文化が育まれる。またホテルや交通拠点が整備されると、再利用できる歴史的建造物も多い。特にアート性豊かな再利用で小樽モデルの発信があれば付加価値が高く、堺町との差別性もある。勢いがつくと手宮の下町性が化粧直しをして蘇る。

市街地周遊
 堺町のストリート性と北運河の界隈性が手宮線で結ばれ、手宮線もたとえば歴史的建造物の移築が軒を連ね、ここはお洒落で洗練された都市型観光のコンテンツが密集し、桜並木で彩りを添える。これで徒歩圏の市街地周遊観光が点から線へ、線から面につながり、こうなれば回りきるには宿泊が必然になる。

ネットワーク
 小樽が一つになって観光投資を誘致する体制が必要だ。不動産業界・建設業界・建築士会・デザイナー・食材業界などが誘致協会をつくり、北運河の物件調査を行い、受け入れ可能な物件をノミネートすれば、ネタは揃う。投資する側が小樽資本だけでは無理なら外資(小樽以外の資本)に呼びかければいい。それで移住者と雇用が促進される。
 小樽は小樽全体がディズニーランドといえるほど、屋根のないミュージアムになれる素質があるし、その実現は充分国際観光地に昇格する価値を持つ。