小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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COLUMN

ライフスタイル観光
編集人 石井 伸和


観光のゴール
 人はある程度食べていけるようになり、少しの余剰金を持てば観光という選択肢を得る。観光のビジター段階では、情報として記憶されていた「あれを見たい」が興味になる。段々観光にも行き慣れてくると「ほかのあれを見たい」というニーズがある一方「だからどうなのさ」と疑問を抱き、ビジター興味が半減したことを悟り、この半減した分が「もっと深くもっと詳しく」に変化することによって興味度を維持させる。この「もっと深くもっと詳しく」の段階がリピーターで、その選択肢は結構多様だ。このビジターからリピーターへの進化は観光の基本パターンである。
 ビジターであればパンフレットを読み、車窓でも「来ただけ見ただけ」で興味は達成されるが、リピーターであれば「なぜ」という疑問から必然的に現地の人間とコミュニケーションが生まれる。このコミュニケーションが観光の醍醐味となり「心豊かな観光」につながる。この段階が交流であり観光の本質といえる。そして最終段階、この交流の途上で「このまちだからこういう考えでこういう暮らし方ができるんだ」と発見させられ「国の光を観て」感動する。つまり観光地独自の暮らし方そのものに魅力を感じ、その本人との緊密な人間関係を持つようになる。「この人はこのまちで暮らしていることを実に謳歌している。しかもそれはこのまちならではの楽しみだ」という新たな価値に尊敬の眼差しを向ける。
 この段階がライフスタイルの発見である。ライフスタイルという言葉は「生き方」「生き様」「生きる姿勢」などの意味があるが、「地域と共に生きる」ということに観光価値を持つ。別に本人が観光価値を持つためにそんな生き方をしている訳ではないが、観光客からすると観光の最終段階の興味なのだ。
 だから、ビジターからリピーターへ、リピーターから交流へ、交流からライフスタイルへ、ライフスタイルから緊密な人間関係へということになる。

小樽のライフスタイル
 小樽のライフスタイルなどを研究する人もいなければ、興味を持つ小樽人も実に少ない。少ないが小樽に暮らしている以上、その片鱗は必ず見つかる。ただ本人が意識していないだけである。それは長らく小樽にいて当たり前で暮らし、したがって小樽の特殊性は当たり前の領域に閉じこめられているからだ。しかしよそから来られた人は「えっなぜ?」という疑問を必ず持つ。「小樽のここが変だ」という事例を数多く収集する必要がある。ここでいう「変」は他の地域には見あたらない異質性をいい、良い悪いや善悪のことではない。

だれが?
「小樽帰化人倶楽部」があってもいい。小樽生まれでないが小樽に住民票を移されている方を本誌では「帰化人」と呼び、毎月そういう方々を見つけ取材をし掲載させていただいている。もちろん帰化人でなくても主旨に大いに興味のある小樽人でも構わない。

いつ?
「善は急げ」「思ったときが吉日」ともいうが、小樽観光25年の反省と成果が明確に見え、新たな観光ムーブメントを必要としている今日がベストだ。

なにを?
 ライフスタイル観光は人間観光の範疇である。エコツーリズムや産業文化ツーリズム、歴史観光や文明観光など多様な領域に観光は細分化されてきている。しかし全ては「人間がどう関わってきたか」が必ず底流にあることを思えば、「人間が最も興味のあるのは人間だ」というゲーテの語録は真を得ているし、人間観光はやはり観光のゴールといえる。

どのように?
 さて帰化人が今、人間観光を小樽でどのような視点から発掘するかである。前述したように「小樽のここが変だ」を探し指摘することからそれは展開する。この指摘に「なぜだろう」を紐解けば、「変」なものの存在理由や存在意義や進化展望なども導き出される。さらに「こういう暮らし方があってもいい」という提案が次に期待できる。順次「なぜだろう」とその体系づけが考えられる。実に楽しい知的作業だ。

なぜ?
 もちろん、小樽観光を本物の観光に向けて進化させるためである。小樽人が行かないところにばかり観光客が行くのもなにやら本物らしくないし、小樽でつくられていないものが小樽の観光施設で売られるのも、せっかく小樽へ来てたかだか数時間の日帰り観光がパターンになるのも然りだ。