小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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意匠(31)

公衆電話


小樽中央停車場に設置された自働電話ボックス <小樽市総合博物館蔵>
小樽中央停車場に設置された自働電話ボックス <小樽市総合博物館蔵>

はじまり
 1900年(明治33年)9月、上野・新橋の両駅構内の2カ所に、「自働電話」と呼ばれる最初の公衆電話が設置。公衆電話が世の中に浸透していくきっかけになったのは、1951年(昭和26年)12月に登場した、商店等の店先に黒電話機を設置した「委託公衆電話」の登場。1953年(昭和28年)にはよく目立つようにと赤く塗られた「赤電話」となり、この赤電話の登場以来、公衆電話の利用は急激に増加。
 さらに、ほぼ同時期にボックス用として「青電話」が登場、1972年(昭和47年)には100円硬貨も使える「黄電話」が登場する等ますますカラフル、かつ便利に。
 1982年(昭和57年)には、キャッシュレス時代の先駆けとなった「カード式公衆電話」が登場。1995年(平成7年)にはすべての公衆電話がカード式に。

ピークと今日
 全国の公衆電話の設置台数のピークが昭和59(1984)年934,903台がピークで、26年後の平成22(2010)年には252,775台と73%も減少している。現在の第一種公衆電話(基本的な設置基準による公衆電話)は北海道で4,499台、小樽で111台しかない。この26年間に代替機として携帯電話が普及してきたことが最大の原因だ。
 携帯電話は1970年の大坂万博で「ワイヤレスホン」、1980年代には「自動車電話」、1990年代には「ポケットベル」、そして2000年代に今日の携帯電話が開発され、2007年には世界中の5割にまで普及する。

小樽の先進性
 既述の明治33年自働電話以後、明治37年当時の小樽中央停車場の写真に登場(同34年9月設置)するから、小樽の近代化の先進性は電話ボックスにも現れている。