小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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COLUMN

文化
編集人 石井 伸和


文明と文化
 文化ほど曖昧な日本語はない。文明と比較すればその外郭は掴めそうではある。わずかな一定の手続きで誰もが享受できるものを文明という。電化製品、自動車に船に飛行機、コンピューター、衣類、写真など、要は世界的に普遍化しているものをいう。これに対して文化は、ある土壌に芽生えその土壌に与える心地よい影響の全てをいうと解される。
 これを例えると一本の木になる。木は地下に根を張り花や実を咲かす。花は美しさ故、実は美味しさ故、木から離れ世界中に流通する。この場合根から幹までを文化、花や実を分明と解することもできよう。

文化分類
 さて文化である。たとえば明治13(1880)年に小樽に鉄道が国費で敷設された。北海道における近代化のデビューである。目的は当時の花形エネルギーであった石炭を輸送するためである。その影響は多方面に拡がっていったことが歴史的に確認できる。

1.おおむね文化
@近代化遺産の宝庫
 小樽は鉄道敷設を機に、一気に近代商業の先進地となり、港湾・運河・道路・水源地などの近代インフラが整備され、商機を活かした商業活動が盛んになり、倉庫や銀行などの近代化遺産の宝庫となった。
A高度経済成長の基盤モデル
 戦後の日本の高度経済成長に始まり、1980年代以降、NIES、ASEAN、BRICsと途上国が先進国の仲間入りを模索する高度経済成長が実現してきた。高度経済成長の基盤は近代インフラと考えれば、小樽が高度経済成長に乗り遅れたという解釈は誤りで、実は明治から昭和初期にかけて真っ先にそれを実現したとみる方が正しい。とすれば新興国にとってみれば、小樽の近代化遺産は大きな関心事にもなる。
B市街地街区の形成
 手宮から南小樽までの手宮線沿線界隈を巡ると、主な市場や商店街が隣接・近接していることがわかる。市場や商店街は市民生活には欠かせない施設であることから、「手宮線は小樽の背骨を貫徹している」といわれる所以だが、この表現は後世からみた結果で、むしろ手宮線沿線に街区が形成されてきたと考える方が正しい。

2.そのもの文化 〜義経号とパーツ〜
 手宮鉄道施設は重要文化財に指定されるほど、日本の近代技術の黎明期を表す貴重な文化財であり、義経号の静態保存やポーター社の蒸気機関車動態保存、さらには貴重な車体やパーツなど、鉄道関連の施設やパーツやグッズはマニアにとって垂涎の的。

3.つなぎ文化 〜石炭とガンガン部隊〜
 鉄道は物や人の移動により、小樽にないものが運ばれたり、小樽から内陸に運ばれたものが多数ある。たとえば小樽に運ばれた石炭が小樽で消費されたことにより、冬期暖房の糧となり、冬期の産業や生活の便益を高めた。逆に小樽からは豊かな水産物や生活物資をガンガン部隊と呼ばれる出向営業により、道内各地の生活に貢献し、ガンガン部隊の拠点が同時に市場を形成してきた。

4.おかげ文化 〜金属加工・機械加工・土木の礎〜
 鉄道が敷設され輸送車が走ったおかげで多くの波及文化が生まれている。明治28年に国産第二号として小樽で大勝号が製造された際には本州から多くの技術者が来樽し、製造作業に従事した見習い技術者が、後年小樽で金属加工や機械加工の礎を築き、現在でも小樽の製造出荷高の2割を支える重要な地場産業に発展してきた。

5.すきま文化 〜高架下市場〜
 小樽では人口増加と自動車普及が加速され、車道と分離するために、昭和39年9月に小樽〜南小樽間の高架化が完成、翌10月妙見市場の一部の高架下が完成した。この高架下市場は鉄道というインフラ整備に発生したすきまで、市場は稲穂と花園の境で繁華街の中心に位置することから、市民生活に大きな貢献を果たしてきた。
 
 このように文化は「おおむね」「そのもの」「つなぎ」「おかげ」「すきま」などに分類もできる。こう考えると文化とは実に地域にとって主体的で大事なものであるかが見えてくる。