小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(34)

緑と小樽


歴史的建造物
 平成4年に日本建築学会北海道支部が小樽市内の歴史的建造物を調査した際、2,357棟の確認中、緑373棟、色内192棟、稲穂157棟、花園152棟、入船121棟、堺町65棟であったが、平成24年に歴文研が追跡調査した結果、1,090棟(54%減)を確認中、緑133棟(65%減)、色内103棟(47%減)、花園75棟(51%減)、稲穂68棟(57%減)、入船49棟(60%減)、堺町46棟(30%減)という結果が出た。
 減ることはあっても増えることのない小樽の歴史的建造物は貴重な街並みに貢献しており、大事な社会財産といえるが、総数で54%もなくなっている。この数字については様々な分析ができるが、ここでは緑地区に多いことについて記す。

緑町誕生
「大正4(1915)年2月、区会は地番改正決定。同年4月28日、町名地番改正委員会開催。同年10月15日、区内町名改正実施。同年12月、小樽新聞社は『改正町名明細図』を発行」と小樽歴史年表にあるとおり、この年を以て緑町という町名が誕生する。ちなみにこの年の小樽区の人口は98,746人。そして2年後の大正6年10月、緑町会結成で自治組織もできる。
 緑は堺町や色内のように問屋街というビジネス優先で形成されず、専ら住宅街として整備されていく。本誌43号比較論で取り上げたように、明治の相生・東雲、大正の富岡という小樽の高級住宅街とは異なり、緑は庶民の住宅街であった色彩が強い。したがって平成24年の調査で133棟と確認された歴史的建造物の多くは民家である。中には大商人であった木村邸や早川邸などの輝く建物もあるが、こじんまりした民家が多い。特に小樽商科大学(小樽高等商業学校 明治44)、北照高校、商業高校、工業高校、昭和高校などの学校が密集していたことから下宿屋や、移住者が住む貸家の形跡を色濃く残していることがうかがえる。
 また平成4年と比較して消失率も65%と最も高いのは、老朽化や独居老人という不安定な中で解体を余儀なくされてきたことがうかがえる。

歴史的建造物が多いということ
 緑に歴史的建造物が多いということは、正しくは多く残っているということだろう。因みに同じ住宅ゾーンの多い稲穂や花園と比べると、恐らく戦前にはいずれも今日でいう歴史的建造物は数多くあったと思えるが、商店街の形成や国道拡幅などにより、多くは現代的な建物に建て替えられたため、稲穂や花園から消失したと思われる。
 今日の小樽では、大型の銀行建築や公共建築が壊されると聞くと保存要請の声が上がるレベルには達しているが、緑に数多く存在する歴史的建造物は今後も年々失われていくことは否めない。なんらかの方法で改築しながらでも残す運動があってもいい。

写真:緑の歴史的建造物(古民家) <写真提供:川嶋 王志氏>