小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地産(42) 後志でなにが生産されているの

神恵内村の珍味
有限会社菅原商店 代表
菅原育太郎 氏



珍しいカジカの珍味
珍しいカジカの珍味
鰊漁で栄えた神恵内村
 積丹半島の西側に位置する神恵内村は、江戸時代からフルウ場所として開かれ、近江商人の田村新十郎らが場所請負人となり、鰊・アワビ・ホッケなどの漁が行われていた。特に明治から大正にかけては、鰊漁が盛んになり、明治30年代から40年代のはじめ頃は大漁が続き、この頃、袋澗(ニシンを貯蔵する石を積んで造った澗)を造るようになった。鰊漁の歴史遺産であるこの袋澗は、今も西積丹を中心に残っている。しかし大正末期から鰊漁は衰退していき、大正半ばから本格化してきたホッケ・マス・タコ漁に転換せざるを得なくなったという。

鮭のとば
鮭のとば
菅原商店2代目
 菅原商店は育太郎さんの父親が昭和20年代はじめに創業。それまでは漁業協同組合に勤務していた。創業当時はまだ漁業が盛んな時代で、鮮魚販売だけではさばききれず、加工にまわさなければならないほどの漁があった。おもにスケトウダラやホッケ、オオナゴなどを中心に加工していた。この頃は水産加工を営む所が村内には何軒もあったが、今では菅原商店ただ1軒となった。
 育太郎さんは札幌で学生時代を過ごし、その後サラリーマンとして働いていたが32才の時、神恵内村に戻り、2代目として家業を継ぐこととなった。水産加工は子供の頃から家業であり、馴染みがあったが、加工場の手伝いをした経験はなかった。魚のさばきなどは奥さんが担当した。しばらくは父親が長年製造したものを継承していたが、ある時から次第に原料が変化していった。

ホッケの子
ホッケの子
漁業の衰退
 神恵内村では年々、漁獲量が減っていく時代を迎えていたのだ。それまで漁業者は一定の量と品目を漁獲していたが、全体量が減る中で漁業者は、市場に流通しにくい混獲された魚の引き取り手も求めるようになってきた。しかし、その量は中途半端であり、大手の加工場ではコストアップになることと、処理に手間がかかるため引き取らない状況だった。そこで育太郎さんは多品種少量の魚を受け入れることを決意した。漁業者の売上に少しでも助けになればという思いで地場の魚を加工することにした。

手間ひま
 カジカ、カナガシラ、ホッケ、フグ、ガヤ…。これまでどこの加工場も積極的に珍味にしていなかった魚種ばかり。しかし、子供の頃から馴染みのある地元の魚。農業に例えると流通にのらない規格外のものばかり。育太郎さんはこれらを丁寧に処理し珍味にすることにした。ところが、大きさもまちまち、身の量もばらばらで下処理にかなりの手間ひまがかかる。大手の加工場が製造しない理由はここにあった。そこで奥さんと地元の手先の器用な婦人たちに作業を任せ、育太郎さんは味付けに専念した。味付けの決め手は、その魚の味が出るように塩味を基本とした。あえて濃い味付けはしないようにした。下処理から製品になるまでは、長いもので1週間を要する。乾燥させると予想以上に小さくなる魚種もあるが、味は良いので買っていただけるという。

差別化と強み
 菅原商店内は珍味のみが陳列されている。普通は他の商品も併せて販売しがちだが、育太郎さんは多品種の珍味のみにこだわる。初めて訪れるお客様は種類の多さと見たことのない珍味に驚くという。年間で約60種類の珍味を製造する。まさに珍味のデパート。珍しさもあって自然にお客様との会話になるが、地元の魚なので旬の時期や製造方法、味など何を聞かれても答えることができる。これが他との大きな差別化であり、強みとなった。また、販売方法も工夫している。ほとんどの製品価格は一袋525円。お客様の買いやすさを追求したところ、この価格になったという。他も315円、105円と買いやすい設定になっている。
 特別宣伝していないが菅原商店の珍味ファンが口コミやブログで広がり、自然とリピーターが増えてきているという。お盆時期は来店客の対応で一日中大忙しとのこと。その大半はリピーター。夏休みのドライブの楽しみとして、帰省のお土産として買っていくという。
 春の行楽シーズンも、もうすぐ。積丹半島のドライブで立ち寄ってみては。自信をもってお薦めします。

菅原商店
〒045-0301 古宇郡神恵内村7-11
TEL 0135-76-5558 FAX 0135-76-5585
*国道229号線、神恵内村役場隣り。店舗にて直売しています。
*文中の販売価格は平成26年3月末までの価格です。