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地域資源活用ビジネス(5) 小樽独自のビジネスモデル

地元米の小分責任者 精米コーディネート
株式会社 丸い 遠藤商店
代表取締役 遠藤 友紀雄 氏
日米連認定 お米マイスター☆☆☆
JAS認証有機農産物認定


株式会社 丸い 遠藤商店 代表取締役 遠藤友紀雄 氏
株式会社 丸い 遠藤商店 代表取締役 遠藤友紀雄 氏

前列子供が遠藤幸吉、その後ろが二代目遠藤小平治
前列子供が遠藤幸吉、その後ろが二代目遠藤小平治

沿革
 1906(明治39)年新潟出身の遠藤小平治は渡道して今の豊川町で小間物・雑貨・塩・米穀を商い、大正時代に現在地に移転、1957(昭和32)年には有限会社を設立して二代目を襲名した小平治が社長となり、昭和40年代に幸吉を経て、1997(平成9)年に株式会社を設立、四代目として友紀雄氏が社長に就任しています。

迷走
 遠藤氏は「米離れ」の傾向に加え、1994(平成6)年には米販売の自由化によりスーパーやディカウント店の米販が始まり、狭まる市場と激戦化で、家業のありように迷走します。
 米の自動販売機設置、コンビニへの出店に挑戦しましたが、いずれも投資過多となり、さらに悩みは深くなりました。

契機
 1995(平成7)年、船井総研の流通研修で摩天楼が建ち並ぶニューヨークを訪れた際に、下町の一角にお客が行列をなしているスモークサーモンやチーズの販売店を案内されます。
 世界一の大都市で小さな店でもやり方次第で繁盛する可能性を目の当たりにします。遠藤氏は帰国後間もなく小型の精米機を購入し、おいしいお米をお客様の好む方法で精米するオーダーメイドビジネスを試みますが、小型過ぎてうまくいかず、迷走状態はさらに続きました。

開眼
 2001(平成13)年、東京の青年会議所米穀部会の先輩を訪ねて適正な機械規模や手法を学んだことが契機となり、いよいよ新たなビジネスモデル構想が現実味を帯びてきます。

武者修行
 2001年、札幌の中堅米穀商から営業支援の要請を受け、かねてから憧れであった札幌の市場で働いてみたいとの思いから、手伝う選択をします。 
 こうして問題意識を持った遠藤氏にとって、札幌修行の約6年間は、急がば回れで構想実現に必要な様々な学びの場となります。
 さらに札幌での営業に奔走する中で、自分のように米屋で生まれ育った営業マンが実に少ないことを多くのお客様から指摘され、精米調整やブレンド具合を身体で知っていることに自信を持つことができました。この札幌修行中、「地産地消」や「北海道米ブーム」という追い風が吹き始めます。
 2007(平成19)年に札幌の会社役員を辞し、いよいよ構想実現に向けて本格的に事業形態を整備していきます。遠藤氏は後志管内の8軒の生産者と提携し、お客様の具体的なニーズを聞くことで、生産者を選定し、精米の白度・ブレンド比率の調整によって、お客様一人一人のオーダーメイドのオリジナル米を生産することに道を開いていきました。

同一地域故の信頼
 2001年に遠藤氏は北海道中小企業家同友会に入会し、2003(平成15)年設置の農業経営部会に所属します。当部会で米生産者寒河江農園の寒河江 仁氏をはじめとする多くの篤い生産者や志高いホテルや飲食店の料理長らと出会い、生産・精米・調理の双方向コミュニケーションが結ばれ、実際に顔をつきあわせて議論する人間関係によって信頼が強固になっています。これまでの米の流通事情ではありえない関係といえます。

新ビジネスモデル
 北海道人は、ただでさえ本州や中央志向が強く、長い間のササニシキやコシヒカリ信奉によって手なずけられてきたといわれますが、だからこそ事業にとっては計り知れない市場が潜在しているともいえます。
 遠藤氏の事業は、地元の資源を見極め洗練させ、新たなビジネスモデルとして大きな期待が寄せられています。