小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
bg_top
alwHOMEalw読んでみるalw帰化人(1) 小樽こだわりのライフスタイル

帰化人(1) 小樽こだわりのライフスタイル

旅人の心に共鳴
エフエム北海道 パーソナリティ
北海道ジャズ 代表プロデューサー
Jun Project inc 代表取締役
須田 純 氏


主旨
 「地域とともに生きる」という新たなライフスタイルやライフワークが誕生しています。近隣に何でも揃っていて便利であればいいという「消費者」から脱皮して、地域にこだわりを持つ「生活者」のことです。
 このような「生活者」は中央より地方に顕在します。大方が満たせる大都市より、余分なものを排除して、地方で公私の同一化を図る新たな人種といえます。それは特に、人生の途上でこのまちに住民票を移した「帰化人」に顕著です。
 新たな「生活者」のこだわりニーズやエッセンスを把握し、地域経済や地域文化のありようを探るのがこの稿の主旨です。

代表取締役 須田 純 氏
代表取締役 須田 純 氏
帰化経緯
 東京都を本籍とし、東京の放送畑に従事していた須田 純氏は、今から22年前の40歳の頃に、開局したばかりの「エフエム北海道」でパーソナリティとなります。山と海が好きな須田氏は、放送局所在地の札幌ではなく、近郊の小樽に住民票を移します。特に港を持つ小樽は、「番組(ベイシティミュージック)のロケーションとしても欠かせなかった」といいます。いろいろな国を旅していろいろな街に住んだ結果、小樽を終の棲家としました。
 「ベイシティミュージック」は甘く渋い声でリスナーを魅了し続け、今日に至るまで長寿番組になっています。自宅を旭山山腹の富岡に定め、副業として堺町に「カサデ・パンチョビラ(現・小樽屋)」という喫茶レストランを開業します。当時まだ観光では北一硝子三号館しかなかった時代です。

小樽こだわりの醸造
 須田氏はこよなくジャズを愛してきました。「ベイシティミュージック」のテーマは「ジャズと港町」で、その「港町」は小樽にほかならなかったのです。
 ごくわずかな約束事でそれぞれの奏者が自由に即興を奏で、それでいて一つの心地よい音楽として成立するジャズ、旅の出入口としてさまざまな人生が交差し、それでいて一つの味わいのある風景として成立する港町、そんなジャズと港町の相似をラジオを通して発信してきました。

小樽こだわりの姿
 「港町は誰でも受け入れてくれます。切ない涙も悲しい涙も。そしてガス燈や船や運河やカモメが相棒にさえ見えてくるのです。港町にはそんな訳ありの有象無象が降り立ちますから、大人の隠れ家でさえあります。その訳ありの訳を、私のような者であれば静かに聞いてあげられると思いました。」と須田氏は優しく語ってくれます。
 世界各地にチャイナタウンがあります。既存概念にとらわれず、既存の隙間に、あるいは既存の本質に根を張り、生き場所を築いてきました。
 須田氏は自分の中にある港町のイメージに自らの生き場所を見つけ、小樽人そして小樽のありようを、生き様を通して提唱してくれていると思えてなりません。

小樽への投影
 小樽は既に往年のような港町ではないかもしれませんが、多くの旅人を迎え入れている観光地という軸に立てば、なんら変わりはないでしょう。
 須田氏の生き様から、人の弱さを推しはかり、人の生命力に希望を持ち、人の絆を信じる、そんな心の奥底を呼び覚ます必要を感じます。生粋の小樽人も二代三代前はみな旅人であったのですから。
 「皆、人生の旅人です。時を忘れた旅人に、旅立ちの時を知らせるために船の霧笛は鳴るのです。」(須田氏)

北海道への投影
 須田氏のこだわりから、また一つ夢が生まれました。港町を小樽に投影したように、ジャズを北海道に投影した「北海道ジャズ」です。須田氏はジャズを世界的メジャーに押し上げた「ビ・バップ」にこだわり、「昔のものこそ今は新しい」と断言します。それは北海道もまた移民の大地であり、だからこそ、世界的ジャンルの「ビ・バップ」が相応しく、「寄せ集まって一つの民族性を奏でる」というジャズとの相似を北海道に投影しています。
 「現在の北海道のジャズフェスティバルは、道外のミュージシャンや高額な入場料で興行志向になっていますが、道内にも質の高いミュージシャンがたくさんおり、彼らを主としたジャズフェスティバルを育成することが北海道ジャズです」と須田氏は目を輝かせています。