小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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まちづくり観光(8) まちづくり運動と観光

植林運動
北海道千年の森プロジェクト
代 表 中村 全博 氏



第4回北海道千年の森植樹祭 <船上山鎮守の森再生プロジェクト>
第4回北海道千年の森植樹祭 <船上山鎮守の森再生プロジェクト>

問題意識
 鰍ィたる政寿司 代表取締役 中村全博氏が核となって植林運動をはじめたのは、2006(平成18)年、東京大学生産技術研究所教授 山本良一氏(環境材料化学・環境経営学)の講演を聴講したことが発端でした。
 平均気温が2度上昇すると、北極の氷が溶けて海に流れ込み、現在の生態系は10年で崩壊することを中村氏はその講演で知らされます。
 10年という期間は現在を生きる私たちにとって極めて現実的です。「自分も、そして息子たちや孫たちも」と身近な危機感を覚えて、「何かしなくては」という意識を中村氏は抱くのです。

植樹の様子
植樹の様子
行動の指針
 中村氏の問題意識は、横浜国立大学名誉教授 宮脇 昭氏(潜在自然植生理論)の「混植・密植型植樹」提唱に行き当たります。混植とはその土地特有の主木を30%入れ高さを違えて植林をすること、密植とは1uに3本植林することをいいます。この理論は日本の近代史への反省から、個人ができることを導き出しています。
 日本は明治時代以後、大量の原生林を伐採し、禿げ山になった森にスギなどの針葉樹を植林してきました。ところが針葉樹は根が横に伸びる傾向があるため、地震に耐える土壌とは言い難く、逆に広葉樹は根が縦に伸びる傾向に加え、枯葉が年々蓄積され、その結果表土を形成し、その表土が水分を吸収するダムの役目を果たします。さらに養分を持つ水となり、川を伝わって海に流れ込み、藻や魚貝類にとっての栄養素にもなっていきます。同じ植林でも広葉樹の植林が重要で、しかもその土地の自然が持つ主木を核にするということが必要だといいます。

地球環境と小樽
 中村氏はいいます。「北緯40度前後にはロンドン(51度)・パリ(48度)・ローマ(41度)・ニューヨーク(40度)・東京(35度)・そして小樽や札幌(43度)という都市が集中しています。地球の温暖化や環境破壊をこの緯度で食い止めなければ、間違いなく地球は危なくなります。都市の持つ資金力をそういう方向に向けなければなりません」

自然観察会
自然観察会
小樽の植林
 明治時代、日本は外貨を稼ぐための綿花栽培に使う肥料として鰊粕の需要が高まり、大量の鰊を鉄釜で煮るために、その燃料として樹木を伐採した結果、小樽の山々はみな禿げ山になりました(本誌創刊号「探索史」)。また1869(明治2)年の大規模な山火事も大きな要因です。
 小樽の植林が本格的に行われたのは、1893(明治26)年に小樽苗圃の初代主任となった奥井寛信の業績によります。奥井は苗圃ばかりでなく国有林の赤岩山やその他の区有林一体に植林していきます。「海の廣井・山の奥井」と称されるほど小樽の山に貢献した人物でした。
<松と桜とアカシアと>

長橋小植樹会
長橋小植樹会
活動
 中村氏は仲間に呼びかけ、2007(平成19)年に「北海道千年の森プロジェクト」を立ち上げ、小樽の主木であるミズナラなどの広葉樹を植林する活動を進めています。同年8月長橋小植樹会、10月ポット苗つくり&自然観察会、翌年6月朝里ダム植樹会、翌々年8月船上山鎮守の森再生プロジェクトなどを行い、若いスタッフも増え、多くの子供たちも真剣に植林するようになっています。
「人間一人が必要とする酸素には500本の木が必要といわれています。海の豊かな産物のおかげで私も仕事をさせていただいていますが、山も海も自然は一体だということを知りました」と真摯な気持ちで語る中村氏です。
 このような環境運動が継続して進められ、その活動や成果が観光資源にもなり、また多くの賛同者の輪になるのも遠い将来の話ではないでしょう。