小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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帰化人(2) 小樽こだわりのライフスタイル

帰りたくなる街へ
有限会社 しあわせ工房
(損害保険 生命保険代理店)
代表取締役 間野 美香 氏


代表取締役 間野 美香 氏
代表取締役 間野 美香 氏

帰化経緯
 根室で生まれた間野氏は父親の転勤で札幌での生活が長く、海が好きで小樽にはよく遊びに来ていました。札幌で保険会社に勤務していましたが、法人化した保険代理店を自ら立ち上げる際に、実家の手稲にも近いということもあり、1999(平成11)年に念願の小樽に住民票を移します。

海への憧れ
 子供の頃から海で水平線を眺めながら、その先のことを想像するのが大好きだったことから、親にも「夢見る夢子」とあだ名をつけられたそうです。その水平線好きは今日も変わらず、女性には珍しく釣りを趣味とするようになり、今度は釣り好きが高じて川へも足を伸ばすことになっていきます。
「波打ち際が悩みを吸い取ってくれ、水平線が勇気を与えてくれる海は最高の相談相手」という間野氏が最も愛する海は祝津の夕日です。海マニアの間野氏には小樽の海それぞれの機能分担がなされ、悔しいとき、悲しいとき、嬉しいときそれぞれのTPOに沿って相談相手の海がいます。
「海の向こうの水平線の果てしなさが与えてくれる勇気にはとてもリアリティがあるんです。なぜならその先に何が待ちかまえているとも限らないよって教えてくれるからです。ですからどんなことがあっても動じない覚悟も海に教えてもらいました」

小樽人と海
 小樽に住む者にとって海はあって当たり前です。普段気にもしませんが、例えば旅から帰って小樽の風景の中に溶け込む海を見ると、どうしようもなく「帰ったなあ」と思うのは共通しているはずです。だから海に関係のない生活をしていながら、心底では海がなければ小樽じゃないという意識も皆同じでしょう。
 ところがその心底を忘れ、海の恩恵で大発展を遂げた歴史を持つ小樽人の多くは、小樽人以外の人と語るとき、高見からものをいう姿勢が時々見え隠れします。既に現役の黄金時代人がいないにもかかわらずです。誇りを高慢さにすり替える歴史の捏造ともいうものでしょうか。

自助の心
「自分が不幸な目にあうと人のせいにしたがるように、自分を否定したがりません。どうせ自分を否定しないのであれば、何事も自分のせいにした方がいいのじゃないでしょうか。自分を否定しないということは今の自分を許すことです。そして今度は失敗しないように頭を切り換えればいい。これも小樽の海に教えてもらいました」「高い場所から見ると、結局現実の失敗を諦めなければ納得できませんが、低い場所からなら諦めればもっと苦しくなるので、頑張ろうとなるでしょ?」
 母なる海というように、母親の持つ偉大な面構えです。男がこだわる勝ち負けを超越した生き方ともいえます。

小樽へのこだわり
「小樽の海からいろいろなことを教えてもらった私は、この街を帰りたくなる街であってほしいと願っています」
 長渕 剛の歌にある「どうせ母親の腹の中には帰れないのだから」というようなフレーズを思い出すような間野氏の願いがあります。
 所詮、人は母親の腹の中で守られて世に出ます。だから本能的にホッとするシンボルに母親の愛情がよく例えられます。小樽はそんな偉大な街になれるでしょうか。
 間野氏はいいます。
「時代が変わるように街も変わります。ですからデコボコの隙間にわずかに海の青が覗く程度でいいのです」
「着いたという気持ちと帰ったという気持ちは違います。着けるのは努力して運がいい結果です。でも帰るという気持ちは誰もが持てる気持ちなんだと思うんです」
 常に原点から考え感じてきた帰化人が小樽にいます。人は贅沢をすればするほど、以前の原始的な生活には戻りたがりません。これを文明の不可逆性といいます。いっぽうその割にいつもどこかに帰りたいという気持ちも持ちたがります。これが文化の不可欠性です。人間の持つ相矛盾するこの両面性も間野氏の中では愛情に包まれて一つになっているような気がします。