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地域資源活用ビジネス(7) 小樽独自のビジネスモデル

寒冷地のギャップを克服
株式会社 光合金製作所
〒047-8686 小樽市港町6-1
TEL(0134)32-2135
FAX(0134)23-9511
http://www.hikarigokin.co.jp/


株式会社 光合金製作所 代表取締役会長 井上 一郎 氏
株式会社 光合金製作所 代表取締役会長 井上 一郎 氏

株式会社 光合金製作所 代表取締役社長 井上 晃 氏
株式会社 光合金製作所 代表取締役社長 井上 晃 氏

地域資源
 寒冷地が温暖地と同じ文明を享受するには、寒冷地故のギャップが存在します。不凍給水栓はそのギャップを埋めることに存在価値があり、つまりギャップを資源として寒冷地に貢献しているといえます。

不凍給水栓
 私たちは今日の発達した文明の中で、水道栓をひねると安全な水がでてくることが当たりまえになっていますが、寒冷地である東北6県および、中部山岳地帯と北関東の一部では、冬期間に水道が凍結する場合がよくありました。
 生活や産業において水が使えないと死活問題です。まして水道凍結は、水道管破裂や漏水の原因となり、復旧の作業もたいへんでした。
 寒冷地で水道が凍結しない技術があれば、どんなに快適かと寒冷地の人々は誰もが望んでいたのです。
 1904(明治37)年の日露戦争のさなかに旭川の第七師団がロシアから持ち帰ったものがヒントとなり、1909(明治42)年に「新田目式防寒共用栓」が誕生し、以後「和田式」と「佐野式」の2種類の技術が生まれ、1950(昭和25)年に光合金製作所が「佐野式」を改良した新たな不凍給水栓が誕生します。

光合金製作所
 苫小牧生まれの井上良次氏(故人)は庁立小樽商業学校を卒業して清水鉄工所の庶務として勤務していましたが、子供の頃からの機械好きから機械のメカニズムに興味を持つようになっていきます。既に清水鉄工所の同系の清水産業が本州メーカーの不凍給水栓を販売していましたが、終戦後の混乱で全く入手困難に陥ります。そこで会社として「井上につくらせてみては」という案が浮上し、鉄工所の一部をかりて試作するようになります。様々な苦労の結果、その技術が成功し、昭和23年に資本金20万円で株式会社を設立し光合金製作所が誕生します。

需要過多と供給不足
戦後の物不足は原材料不足も意味し、燃料や砲金の調達に大きな苦労を伴い、それに対して北海道には炭鉱住宅がどんどん建ち始め、不凍給水栓への需要は高まる一方でした。

戦略
 井上良次氏の戦略は「早く技術を完成し、早く市場を獲得しなければ、本州メーカーに先を越されてしまう」という危機感から生まれています。
 昭和32年には早くも岩手県盛岡市に営業所を設置し、増資を行って設備強化を急ぎます。
 その結果、昭和39年から中小企業合理化モデル工場に指定され、北海道科学技術奨励賞や中小企業研究センター賞、北海道新聞文化賞などの評価が蓄積されていきます。そして井上氏の戦略にはもう一つ「教育」があり、先人から学んだ「教育は弱いように見えるが、これぐらい強いものはない」という教訓をフルに活かしてきました。

不凍給水栓の普及段階
 1914(大正3)年に小樽に水道が整備されますが、一般家庭への普及にはまだ時間を要した時代です。
 北海道では産業振興のために炭鉱施設や王子製紙などの施設に不凍給水栓がいち早く設置されます。今日、蛇口は住宅設備として、台所で終わらずトイレ、洗面所、風呂場など水と湯の栓があわせて1ダース以上設置されるというのが通例にまでなっています。

親子三代のテーマ
 初代良次氏の代は、創業と同時に、時代背景では家庭に水道が普及しはじめ、これに比例して市場を確保してきたことです。
 二代一郎氏の代は、水洗トイレが普及し始め、さらに不凍給水栓の需要が高まり、この市場を増やしたことと、電気・電子制御の技術が登場し、「バルブトロニクス」という造語を生み出し様々な制御装置を開発してきました。
 三代晃氏の代では、水道施設そのもののメンテナンスが大きな需要として予想され、材質の改良、制御装置の改良、さらには散水栓など地上の設備に市場を開拓しています。そして、製品づくりから醸造されたブランドをバネに商品づくりへの道筋も固められています。