小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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まちづくり観光(11) まちづくり運動と観光

地域独自のサウンド
北海道サウンド創造実行委員会
〒047-0028
小樽市相生町8番13号 歴史文化研究所内
北海道サウンド創出実行委員会事務局


小樽・後志ハエヌキ音楽祭2007オリジナルCD
小樽・後志ハエヌキ音楽祭2007オリジナルCD

今日の音楽環境
 人類が誕生して以来、音楽もまた自然に発生してきました。今でこそ、世界の様々な音楽を私たちは聴くことができますが、それはテレビやラジオなどの電波技術やインターネットなどの電子技術がいきわたってきたおかげです。とすれば、今日のような恵まれた環境になってきたのは、トーマス・エジソンが電気を発明した1900年前後から数えて100年そこそこです。「新人」と呼ばれる人類は20万年前に発生したといわれていますので、この100年は人類史上2千分の1という極めて短い期間ということになります。

地域と音楽
 民族音楽や民謡が世界でも多岐にわたるように、音楽は一定の地域で継承されてきた一面があります。たとえば、今日一般的になっているジャズはアメリカのニューオリンズ、ブルースはアメリカ南部を発祥とし、またフランスのシャンソン、イタリアのカンツォーネなど、国や地域で広まっていたものが、地域や国境を越えて多くの人々に聴かれています。
 国内でも各地域で民謡が継承・アレンジされています。たとえばビギンや夏川りみの歌には多分に沖縄を感じ、元ちとせや中孝介の歌には奄美大島を感じ、サザンオールスターズやチューブの歌には湘南を感じます。
 ある歌を聴くと地域の風景や情緒までも付加価値として感じることができるのです。

問題提起
 では、北海道という地域にその「地域的サウンド」を醸す土壌はあるのでしょうか。歴史を辿ると基礎としてのアイヌ音楽、そして鰊漁の出稼ぎ漁夫の労働歌であったソーラン節、北前船からもたらされ確立してきた江差追分といわれるものが、北海道の歴史でいう民謡の領域です。
 新しい時代では北島三郎や松山千春の歌の一部に若干、北海道的なる感性が伝わってきます。
 仮に、南の沖縄と北の北海道を比較すれば、沖縄は琉球といわれていた時代から音楽は三度の飯と同じくらい身近で欠かすことのできない大切な文化性があり、琉球音階といわれる「レ」と「ラ」抜きの三線という楽器まで開発されています。
 ところが北海道独自の音階あるいはサウンドが確立しているとは言い難いし、長い長い歴史の蓄積が必要だといえます。

解放と連携
 北海道は先住民族のアイヌ民族以外はすべて他の地域からの移民です。移民の多くは「仕方なく」移住してきました。故郷への未練も多分にあったでしょうが、この厳しい自然で生き抜いていくには、むしろ前向きに新たな夢を抱かねば、その苦労は相殺できなかったでしょう。その新たな夢に共通するのは「解放」と「連携」といえるのではないでしょうか。
 過去からの解放、差別からの解放、身分からの解放、そして自然を相手に人々が連携する「ショルダー・トゥ・ショルダー(肩を組んで)」という連携です。
「北海道人はのんびりしている」とよくいわれますが、その客観的視点こそが北海道人の長所です。

北海道サウンド
 移民の「人間としての解放」と「人々との連携」、アイヌの「自然との共生」こそが北海道サウンドの三大精神ではないでしょうか。
 さらにアイヌの楽器であるトンコリやムックリを現代風にアレンジしながら、三大精神を音に表現できたり、北海道の雄大な自然が感じられるサウンドを形成していけるなら、北海道サウンドの歴史は歩み始めるのだと思います。

ミュージシャン志向
 人類の歴史の2千分の1にしか該当しない時代に生きる現代人は、生まれたときから世界の音楽を耳にしてきているので、「東京で歌手になる」システムも整備され、ロックやフォークやブルースやヒップホップがいいというジャンルにこだわる一方で、地域に音楽のモチーフを持つことも新たな創造の方法だと思えるのです。

小樽サウンドへ
 こうして北海道の音楽関係の方々に、「オリジナルの北海道サウンドを」と呼びかけてコンサートを開催しました。写真のCDは、北海道サウンド創出運動の第1回目の参加作品集です。
 音楽は既に万民のものですが、地域が創作の契機となり、聴く人々の北海道への糧となり、地域から新たな文化の発信をしていこうという装置の役割を果たせたら幸いです。