小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(2) 他の地域との比較から小樽の輪郭を探る

都市としての札幌と小樽


北海道の中心(本府)
 幕末の探検家である近藤重蔵や松浦武四郎は、札幌が蝦夷地経営の基地に適していることを指摘し、明治政府もこの案を取り入れ、樹林と草原の未開地開拓を推進していきます。
 開拓推進と同時に移民が促進されますが、開拓物資や生活物資を運び込むには、当時海運しかなかったので、天然の良港であった小樽がその物流拠点になりました。そして、小樽への移民も急激に増えていきました。

札幌と小樽の人口
 1920(大正9)年の人口比較では、札幌が102,580人に対し、小樽は108,113人で5,533人も小樽が勝っています。
 1922(大正11)年8月1日、札幌・函館・小樽・室蘭・旭川・釧路に市制が施行されますが、この年を境に、札幌(127,044人)は小樽(117,900人)を抜き、以後互いに増加します。しかし小樽が過去最大人口の207,093人(昭和39年)<小樽市統計より>に対し、札幌は821,217人(昭和40年)と大差がつき、平成22年3月末に至っては、札幌1,904,903人に対し小樽は133,604人となり、札幌は小樽の十数倍の人口に膨れあがっていきます。

札幌膨張と小樽衰退の相関関係
 そもそも農業や漁業を基幹産業とする北海道の各町村は、戦後の第一次産業軽視により過疎化し、その流出人口の受け皿となったのが札幌でした。
 札幌は商業・サービス・情報の中心としての都市性が整っていきますが、斜陽となった小樽からは人口流出ばかりか、距離が近いことから購買力や労働力の流出をも生み、今日もなお歯止めがかかっていません。

地の利と不利
 前号の比較論で、小樽がにわかに観光化してこられた地の利は、隣に札幌があるからだと書きました。ここでは、人口流出ばかりか購買力や労働力の流出という地の不利が見えてきます。
 札幌を視野に入れた地域戦略も現実的に大切ですが、全国やアジアを視野に入れた個性豊かな戦略をそろそろ立てねばならぬ時期ではないでしょうか。