小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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国指定重要文化財 旧手宮鉄道施設


明治20年代後半に撮影した機関車庫三号と二号(昭和30年代に解体で現存せず)
明治20年代後半に撮影した機関車庫三号と二号(昭和30年代に解体で現存せず)

修復した機関車庫三号(左の建物が機関車庫一号・手前が転車台)
修復した機関車庫三号(左の建物が機関車庫一号・手前が転車台)

修復工事完成
 2010(平成22)年4月29日に旧手宮鉄道施設の修復(平成18年6月から工事着工)記念式典が小樽市総合博物館本館構内で開催されました。
 鉄道施設は機関車庫一号、機関車庫三号、転車台、貯水槽、危険品庫、擁壁など複数の施設で構成されています。
 旧手宮鉄道施設は2001(平成13)年に国の重要文化財に指定されています。

設計者 平井晴二郎と機関車庫三号
 機関車庫三号は1885(明治18)年に竣工し、現存する我が国最古の機関庫です。創建時は「煉瓦石造機関車室」と呼ばれ、設計者は当時の農商務省北海道事業管理局炭礦鉄道事務所鉄道科長であった平井晴二郎です。平井は1888(明治21)年に赤煉瓦で有名な北海道庁本庁舎(昭和43年 重要文化財に指定)を手がけていますが、平井の設計したものとしては手宮の機関車庫三号が現存する最古のものです。
 平井は1875(明治8)年に文部省第一回留学生として米国レンセラー工科大学で学び、留学生としても近代の先駆けでした。また日銀小樽支店を設計した辰野金吾の上司となって、東京駅の設計が遅々として進まないとき、平井がはっぱをかけたといわれています。その時辰野の月給は50円、平井は3倍以上の170円でした。

転車台と機関車庫三号(転車台 大正8年製造)
転車台と機関車庫三号(転車台 大正8年製造)

機関車庫一号(明治41〜45年竣工 左側3線分は復元)
機関車庫一号(明治41〜45年竣工 左側3線分は復元)

貯水槽(明治末〜大正初期竣工)
貯水槽(明治末〜大正初期竣工)

危険品庫(明治31年建造)
危険品庫(明治31年建造)

高架桟橋 擁壁 
高架桟橋 擁壁