小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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まちづくり観光(15) まちづくり運動と観光

子供が主役
手宮公園桜再生プロジェクト
代表 三島 真一郎 氏
TEL(090)4875-5922


手宮公園桜再生プロジェクト 代表 三島 真一郎 氏
手宮公園桜再生プロジェクト 代表 三島 真一郎 氏

2001年手宮公園夜桜ライトアップ(安田 憲司 氏撮影)
2001年手宮公園夜桜ライトアップ(安田 憲司 氏撮影)
手宮公園夜桜ライトアップ
 2001(平成13)年〜2003(平成15)年にかけて3年間、主に手宮の人々によって組織された夜桜ライトアップ実行委員会(山 武士実行委員長)により開催されたこのイベントは、小樽の新たな春の風物詩として、大好評でした。桜満開の野外に、昼は桃色の桜と青い海、夜は幻想的に浮かび上がる桜と二胡の音色のBGMに誰もが新しい世界を感じたのです。

台風の被害を契機に
 第3回目の2003年春、前年の台風による被害と塩害で花のつきが悪くなり、結果的に手宮公園の桜は評判を落としてしまいます。実行委員会は様子を見るしか手がなく、イベントを控えざるを得なくなりました。

出会い
 委員会事務局長の三島氏は、何とか復活を期して様々な人に相談、昨年、若竹在住の樹木医であり庭園デザインを手がける中村哲世氏に出会います。
 中村氏は台風被害よりも、手宮公園全体の樹木に伝染病が蔓延していることを発見し、土壌改良をしなければ、せっかく新たに誕生した風物詩が消えるばかりか、桜の名所もなくなってしまうと伝えます。以後三島氏と中村氏の絆が大きな波紋を広げていきます。

手宮公園で活躍する末広中学校生徒
手宮公園で活躍する末広中学校生徒
奔走
 三島事務局長は事の重大さを悟りました。彼が暗中模索の中、相談相手として選んだのは、手宮の末広中学校の生徒たちでした。「毎日の学校の行き帰りに眺める景色を守ろう」と生徒たちに呼びかけ、生徒たちも真剣に応じてくれたのです。
 手宮公園の図面に桜の木を一本一本落とし込み、区域ごとに何本あるかを確認し、木に番号札をかけるという、いわば木の住民登録を行いました。そしてソメイヨシノを110本確認することができ、生徒たちがそれぞれに名前をつけました。
 この作業をはじめ、桜を再生させる一連の事業には様々な経費がかかります。三島氏は小樽市に要望し、30万円の補助金を受けることができました。

手宮公園で活躍する末広中学校生徒
手宮公園で活躍する末広中学校生徒
プロジェクト
 2010年春に新たに手宮公園桜再生プロジェクトという組織を結成し、三島氏が代表となり、末広中学校が全面的に協力体制をとってくれることになりました。三島氏と中村氏の熱意が生徒たちに伝わり、生徒たちの熱意が学校を動かしたのです。末広中学校では総合学習の時間を全面的にこのプロジェクトにあて、最初に中村氏の熱くわかりやすい講演が行われました。
 全校生徒約200人が真剣に学び、2人が1本の桜を担当する割合で、「僕たちの桜」「私たちの桜」という意識が芽生えていきました。
 5月には桜ばかりではなく、公園内の全樹木のカルテを中村氏の指導で作成作業がはじまりました。7〜8月にはいよいよ本格的な土壌改良の作業に入っていきます。
 運河保存運動以後、小樽には40前後のまちづくり団体が誕生してきましたが、自然を対象にしていることと、子供たちが主役であるという2点において画期的な運動です。

桜の名所
 明治初期の小樽の山々は、鰊粕(〆粕)をつくるための薪として伐採され、禿げ山になっていました。1893(明治26)年に道庁職員として赴任してきた奥井寛信が、1898(明治31)年から長橋苗圃を核に植林事業を手がけていきました。

市民観光
 小樽市民の小樽観光がここにあります。夏には海水浴、登山、散策、秋には紅葉、温泉、冬にはスキー、そして春には花見、どれをとっても充分な環境をこのまちは備えている幸福を、あらためてかみしめた取材でした。
<松と桜とアカシアと>