小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地域貢献 〜外貨獲得〜 (15) 地域経済全体のパイを大きくしてくれる

清水鋼機 株式会社
代表取締役 清水 雅章 氏
〒047-0007 小樽市港町5-4
TEL(0134)22-2181
FAX(0134)32-3341


清水鋼機 株式会社 代表取締役 清水 雅章 氏
清水鋼機 株式会社 代表取締役 清水 雅章 氏

 清水鋼機鰍フ社屋は一般には、びっくりドンキーの入っている建物といった方がわかりやすいかもしれません。小樽の鉄ビジネスの草分け、清水鋼機社長の清水雅章氏にお話をうかがいました。

外貨獲得
編集(本誌編集人 石井伸和)
昨年度の売り上げと小樽以外への販売率は?

清水(清水雅章社長)
平成21年度は82億円で小樽以外は6割にあたります。小樽以外への販売先は道央圏の大手ゼネコンが大半です。本州大手では鹿島・清水・大林、そして道内大手では伊藤組土建・勇建設・岩倉建設などです。

編集
推移は?

清水
公共事業を請け負っている建設業の売り上げが大幅に減少していることが大きく影響し、私どもの会社も厳しい環境下にあります。

編集
どのような対策を?

清水
合理化徹底ですね。会社のすべての部門や資産を含めて、可能な限り見直しを断行してきました。また既存市場へのさらなる浸透や新規開拓へも果敢に挑戦しています。

沿革
編集
清水鋼機さんは小樽の鉄ビジネスの草分けですが、どのような変遷を?

清水
明治21年に七代目清水孫四郎が新潟県燕市から渡道し、  清水金物店の商号で小樽に出店し同時に工場も開設しました。漁業用品や移民生活者の物資の需要が高かったからです。工場では和錨や船釘をつくっていました。販売品では漁業・農業・土木用品、刃物類、一般家庭雑貨、小物類や塗料で、今日のスーパーのような多くの商品を取り揃えていました。
 明治40年に清水合名会社に法人化し、公共事業主体に切り替え、セメントやレール、鋳鉄管などを受注しました。
 大正8年には清水商事株式会社とし、53名の従業員を抱えるまでになります。大正13年に現在の本社の場所に二階建ての倉庫を建設しています。さらに昭和18年に清水産業株式会社に改称し、道内の炭鉱向けの鉄鉱材の配給をします。
 昭和42年に清水鋼機株式会社とし、現在の従業員は42名となっています。
 現在は確かに厳しいのですが、戦時中の損害や戦後の混乱に比べれば、まだまだ幸せな環境といえますね。

業務
編集
具体的な仕事はどのような流れに?

清水
鉄は新日鐵やJFEスチールという大手が製造し、大手商社がそこから仕入れて、私どもに卸します。セメントは太平洋セメントという製造元から直接仕入れています。またガラスやサッシ、道路維持製品(ガードレール・雪崩柵・防風柵など)なども様々な製造元から仕入れています。これらを大手ゼネコン及び地場ゼネコンに販売しているという流れです。

現在の社屋
編集 現在の社屋は?

清水 平成7年に現在の社屋を新築しました。ここには当社の木造倉庫がありましたが、大雪で屋根が倒壊したため、新築して倉庫をオタモイに移す計画でした。そういう時期にアレフさんからテナントの話がきたので、社屋新築の最初からびっくりドンキー出店が計画に盛り込まれました。

小樽への思い
編集 最後に小樽への思いをお聞かせください。

清水 結論的にいうと人口増ですね。そのためには港の有効利用が最重要課題だと思います。商店街のシャッター化は、多くの市民が通うため目立つので、問題視されますが、港ゾーンの空洞化はそれよりもはるかに深刻です。かつて多くの人が働きお金を生んでいた場所ですよ。しかもかつての基幹産業だったのです。物流の可能性はもちろん、人流の可能性を全市的に議論すべきではないかと考えています。

編集
実に大きな努力があったことや卓見がにじみ出ておられますね。ありがとうございました。