小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地名探索(3) 金曇町(こんたんまち)


 金曇町は1870(明治3)年4月開拓使により設置され、現在の信香町の一部にあたります。先月号の芝居町と同様の経緯をたどり、1915(大正4)年に廃止されています。
 町名の由来は、江戸時代末期、本州から流れ込んできた博徒や浮浪者・売春婦などが住み、悪事の魂胆をなすので、「コンタン小路」と呼ばれたことに因るといわれています。函館奉行所の宇津木頼母は、「金曇町」の漢字を当て、「コンドンマチ」と呼ぶことにしましたが、漢字はそのままで、元からの「コンタンマチ」と呼ばれるようになってしまいました。町として設置された翌年には新地町とともに遊廓地となりますが、先月号の総合史でご紹介した火災後は、遊廓は住ノ江に移転することになりました。
 アイヌ語や人名などに由来する地名が多い小樽(北海道も同じ)にあって、芝居町や金曇町は珍しい部類です。