小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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茨木家中出張番屋 修復工事完成!


外観 左に鰊街道標柱
外観 左に鰊街道標柱

修復へ
 「祝津たなげ会」や「一般社団法人しりべしツーリズムサポート」のメンバーが老朽化する祝津の漁家建築を憂えたことがはじまりでした。祝津はニシンで賑わった北海道西海岸の中でも、特に漁家建築群が密集して残っており、すでに数件の建築物が再生されてもいます。
 そして祝津町会や小樽商工会議所などと協力態勢を整え、国土交通省の「建設業と地域の元気回復助成事業」に応募して、2,500万円の助成金を獲得しました。

連鎖
 小樽の歴史的建造物の様々な調査をしている北海道職業能力開発大学校の准教授 駒木定正氏も最初から加わりますが、調査の中で棟札が発見され、そこには「秋田縣山本郡常盤村大工棟梁山田留三」とありました。駒木氏は山之内建築研究所代表の山之内裕一氏に相談、山之内氏は秋田の友人にその写真をおくり、お孫さんの山田保行氏にたどりつき、祖父留三氏が確かに大工として当時小樽にいたことも明らかとなりました。

茨木家中出張番屋
 この建物が建てられたのは棟札記載の1912(明治45)年と推察されますが、当時、茨木家は本家の他に白鳥永作番屋(現・群来陣)の北側にも出張番屋があったために、「中」出張と称したようです。茨木與八郎は青山・白鳥と並ぶ祝津御三家の一人で、ニシン漁で大成した漁家でした。中出張番屋は今日まで約30年間放置され、屋根は落ち、裏山の土砂が堆積し、各部屋の床も落ち、柱も腐った状態になっていました。
 この建物の再生により、貴賓館(旧青山別邸)と群来陣(旧白鳥番屋)と合わせ、祝津御三家の漁家建築が観覧可能な施設となりました。
 本建物の再活用案は様々出されていますが、今後、祝津町会と祝津たなげ会で具体的に決めていくそうです。

<写真提供 小樽商工会議所>

漁夫のネダイ
漁夫のネダイ

土間から居間をうかがう
土間から居間をうかがう

囲炉裏のある居間
囲炉裏のある居間