小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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コラム

色彩と小樽〜大畠氏の作品をとおして〜


Works2003 2-MINATOMACHI OTARU JAPAN 144×209cm キャンバスにミクストメディア
Works2003 2-MINATOMACHI OTARU JAPAN 144×209cm キャンバスにミクストメディア


 小樽在住の画家、大畠 裕氏の創作モチーフは、こともあろうに壁です。ただひたすら壁のみを描き続けて既に30年以上経過しています。
 氏は若い時分から画家を志し、東京はもちろん、パリそしてニューヨークのSOHOなど世界中に修行に赴きましたが、故郷小樽での散策途上、運河沿いの倉庫群の石壁に魅了されます。長い旅や修行の中で、そういうものに魅了される自己が育まれていたといいます。
 そんな大畠氏が今はなき中央通りの歴史的建造物井淵ビルのアトリエで壁を描き始めた頃からファンになった一人として、作品のイメージを通して小樽の色彩をみつめてみたいと思います。


 大畠氏の作品である壁は、様々な技法を用いて大胆でありながら繊細です。壁を言葉で表現すると、というより大畠氏の作品である壁を見て、言葉にするとこうなります。
 風化という言語で語りかけ、ハスキーな音色を奏で、モノクロームゆえの想像をかきたたせ、侘寂の風情を醸し、滲みや染みを融け合わせ、自然と人間の境に立ちはだかり、内なる俗を隠し、外なる俗を防ぎ、断面でありながら風紋を重ねる永遠性を持ち、余録に上塗りされた余韻を留め、風中にあるという答えの足跡を蓄積し、その答えの手掛かりを封印し、具象の壁を乗り越えた果ての抽象…

小樽ブランド派生のアート
 もし芸術にブランドという俗なレッテルを貼っていいのなら、大畠氏の作品は、味わい深くなることを約束された未然の断面であり、それは即ち芸術の小樽ブランドともいえます。
 もちろん、芸術という大いなるものを狭い小樽に閉じこめる意味ではありません。そして大畠氏固有の表現であることも論を要しません。
 ただ発生や派生の契機に小樽が重要な役割を果たしたという程度の関連性はあるので、小樽を基点として新たな芸術が誕生したという意味で、小樽を愛する者としても惜しみない喝采を送りたいと思うのです。
 大畠氏は「無機質感がいいよね」とたった一言を微笑んで、壁描きの理由を語ります。

グレー
 小樽が観光地として有名となる以前、市内でアンケートを採集した際に、「小樽を色に例えると?」という問いに「グレー」が最も多かったという報告を聞いたことがあります。この印象は、市内に多く残る石壁が影響を与え、また長引く斜陽に悶々として白黒つかぬ人々の思いが反映されていると思われます。
 仮に色として白黒つかずとも、小樽という街は本質的にグレーである無機質がお似合いです。暖かい南方の住民は原色を好み、寒い北方の住民は暖色を好むという文化人類学的指摘もあるように、無理して、あるいは憧れて原色で彩ろうとする意識は別として、小樽の色彩的アイデンティティーはグレーだと素直に認めていいでしょう。

無機質感
 グレーが放つ無機質感で話を結びます。無機質とは基本的に燃えない素材であるガラスや金属や石やコンクリートなどの無機物が持つ質感で、冷たい印象をいいます。癒しといわれている小樽がなぜ冷たい印象かと叱られそうですが、以下弁解を述べます。
 燃えないから残る永遠性を持ち、残るから風化に耐える文様が刻まれ、文様の度合いに過ぎし時間が映され、見る者にとっても自らを振り返る鏡となり、びくつかず、あせらない、ホッとする街だから小樽は癒されるのです。まるで街そのものが偉大なる隙間のようです。
 人生にも人間関係にも街並みにも隙間がなければ窮屈でかないません。だから人々は時間を消費するというより時間を実感しに来ます。
 時代が文明で覆われる一方、人々は疲れています。鬱屈しています。もがいています。だから過ぎた時間を手掛かりに自分を探しにきているのです。

WALL WORKS 2009  OTARU MINATO MACHI 1-1 144×101cm
WALL WORKS 2009 OTARU MINATO MACHI 1-1 144×101cm