小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(4) 他の地域との比較から小樽の輪郭を探る

横浜と小樽〜開国と開拓〜


横浜と小樽の共通点
 近代に入り、横浜は「開国」、小樽は「開拓」をテーマに、横浜は日本、小樽は北海道における近代化の先導役地域を担っています。
 近代化の基盤である鉄道は、1872(明治5)年、新橋〜横浜間に一般営業鉄道として日本で一番目に、1880(明治13)年、札幌〜手宮間に日本で三番目に敷設されています。
 防波堤は、横浜が1896(明治29)年第一期築造工事で内防波堤を、小樽が1908(明治41)年小樽築港第一期工事で北防波堤を完成させています。
 さらに横浜は東京の、小樽は札幌の外港としての位置づけを持ち、横浜は三浦半島の、小樽は積丹半島の基部に位置しています。
 そして、2010年現在、横浜では1988(昭和63)年から指定した歴史的建造物が80軒(内明治後75軒)、小樽では1985(昭和60)年から指定した歴史的建造物が71軒(内明治後70軒)となっています。

開国と開拓
 当時の開国も開拓も、明治政府は積極的に推し進める立場でしたが、日本国民の感情の大多数は消極的でした。横浜の外国人居留地は、青い目で背の高い異人、まして言葉も通じない街、小樽は、厳寒で未開拓で食べるものも自ら耕さなければならない地です。これまでの既成概念を根本的に取り払うには多くの時間を要したことは想像に余りあります。
 異人が行き交う横浜を受け入れがたい周辺地域の住民と、仕方なく小樽港から全道に入植した移民でしたが、そういった消極群の中において、横浜・小樽そのものに移住・出店・出張した積極的な人々がいました。進取の気性を持ち、近代の具現化への先導役を果たした人々です。
 開国と開拓の「開」という共通する文字が示すように、何をどう開くかを明確に形にしてきました。
 両市とも近代化遺産の豊かな観光地ですが、「開」の原点に今一度立ち、混沌の時代に一矢報いたいものです。