小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地域貢献 〜外貨獲得〜 (18) 地域経済全体のパイを大きくしてくれる

株式会社 樽石
 代表取締役 上参郷光祐 氏
〒047-0032 小樽市稲穂2-22-4 樽石ビル
TEL(0134)25-2222
FAX(0134)24-1294
http://www.taruseki.co.jp


株式会社 樽石 代表取締役 上参郷光祐 氏
株式会社 樽石 代表取締役 上参郷光祐 氏


 小樽史を調べる立場で、いつも大きな疑問があります。小樽の発展を支えたのは北海道の二大資源といわれたニシンと石炭でした。
 ニシンは漁獲・加工・運搬・販売先まで見えていますが、石炭は幌内から小樽に運ばれ、港から積み出されたというところまでしか見えていないのです。どのような企業がどのような販売を誰にしたのかという長年の疑問を持って、樺M石の若き社長上参郷光祐氏を訪ねました。

外貨獲得
編集(本誌編集人 石井伸和)
昨年度の売り上げと小樽以外への販売率は?

上参郷(上参郷光祐社長)
2009年度は約24億円、そのうち石油製品卸販売部門が約20億円、プロパン・商事・不動産部門合計で約4億円です。前者の8億、後者の8千万が市外からの売り上げで約35%が外貨率となりますね。

沿革
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創立の背景は?

上参郷
私の祖父 上参郷 騰が明治後期に青森から渡道し釧路で教員をしていた時に、小樽のこの場所(現・樽石ビル)にあった西田売炭所の番頭役としてスカウトされ、何年か後にそこの社長になります。戦時中には配炭公団に統合され、戦後の昭和24年8月15日の解散まで続きます。騰は自由化を目論み既に昭和22年6月4日には北海道物産株式会社を創立していました。これを当社の創立としています。これが同24年4月1日に小樽石炭株式会社に改称しました。

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まさに石炭の全盛期ですね?

上参郷
北海道では小樽に運ばれた幌内炭以外にも財閥系の炭鉱が盛んでしたが、当社は幌内炭鉱の北海道炭礦汽船(北炭)の特約店となります。明治以来小樽の住宅や事業所の暖房は炭か薪時代が長く、いよいよ石炭ストーブも普及していく時期でしたので、市内の石炭需要は高くなっていました。市内にも北炭以外の石炭特約店もありましたが、石炭が石油に替わる段階で多くが淘汰されました。

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幌内から北炭が輸送した石炭を小樽市内で使うために樽石が特約店となったのですね。

上参郷
小樽には小樽石炭というように、札幌石炭・函館石炭・室蘭石炭・岩見沢石炭という会社が同時期にできています。それらはみな北炭特約店で専ら住宅や事業所の暖房用として市内各所の販売店(燃料店)に卸しました。

石油への転換
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昭和30年代から40年代にかけて石油に転換されていきますね?

上参郷
昭和40年が当社では石炭販売のピークでした。そして40年代に石油が石炭にほぼ替わっていくのです。騰はこれも見越したかのように、樽石の役員の出資を募ってゼネラル石油の特約店小樽石油を設立します。ところが昭和37年に北炭社長の萩原吉太郎の鶴の一声「北炭特約店は日本石油の特約店となること」が発せられ、ゼネラルから日石に変更を余儀なくされますが、小樽石炭石油株式会社と改称して石油も堂々と営業品目に入れるようになったのです。そして昭和45年5月には株式会社樽石に改称しています。

現在の陣容と今後のビジョン
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石油製品販売部門というと?

上参郷
主にガソリンスタンド(GS)と灯油配送センターです。小樽・余市・岩内に直営GSが各1店舗、その他後志地域5ヶ所のGSに卸しています。

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最後に今後のビジョンは?

上参郷
石油という商品は冬に強く夏に弱いので、夏強化策をいろいろ講じていく中で、「樽石です」といえばこの町では周知になっていることが見えてきました。この信頼を武器にお客様のご自宅のホームサポート、いわゆるリフォームを独自に開発し、新しい時代の信頼に応えていこうと既に技術者も雇用し市場開拓をしています。

編集
時代時代の厳しさと戦う姿勢と、そして明るいビジョンを常に持っておられますね。本日はありがとうございました。