小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(6) 他の地域との比較から小樽の輪郭を探る

祝津と小樽


 祝津は小樽市内の一地区ですが、ここではあえて、小樽中心部と祝津という視点で比較し、連携の可能性を考えてみます。

歴史の比較
 祝津の語源はアイヌ語の「シクヅシ」ですが、小樽の語源の「ヲタルナイ」よりも古い文献に登場します。
 いずれも鰊場として集落が生まれますが、小樽中心部は商業港に転換していく中で、祝津は鰊場が維持され、1918(大正7)年の北海道内多額納税者として、茨木與八郎は9位、白鳥永作は11位、青山政吉は13位になり、上位20人中3人も祝津から名を連ね、祝津御三家の全盛期を迎えます。
 しかし大正後期から鰊漁が不安定となり、祝津の鰊場は衰退する一方、中心部は商業都市として昭和戦前期まで全盛時代を迎えます。
 戦後、1958(昭和33)年開催の北海道大博覧会を契機に、祝津には水族館開設やにしん御殿の移築が行われ、観光地として生まれ変わります。中心部の観光元年が1986(昭和61)年といわれていますから、祝津は小樽市内の観光先進地といえます。

観光の連携
 2008(平成20)年には観光都市宣言をした小樽ですが、にわかに観光地になれた正の原因も、宿泊率が伸びない負の原因も、札幌の隣であることにより、依然として堺町・運河周辺の2〜3時間観光から脱皮できずにいます。
 滞在型観光は観光経済の理想なので、小樽観光も滞在型を目指して焦ってきましたが、そこへ向かうためには時間延長型、次に長時間型、そして宿泊型、最後に滞在型というステップが見えてきました。
 最初のステップである時間延長型に祝津が待ち受けています。
 是非第三埠頭基部から観光船に乗り、祝津御三家の歴史を巡り、水族館や景観を楽しみ、浜料理を堪能する、あるいは祝津マリーナで潮風を浴び、ノイシュロス小樽で優雅にくつろぎ、自然探勝路で運動と景観を楽しむ、そんなパターンが生まれると、小樽観光に一層奥深さが増してくるでしょう。