小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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分野(19) 様々な観光

食品
小樽へ行ったら何を食べようか


自発的運動
 「北海道は日本の食料基地」というお題目は古くから聞いていますが、北海道経済の最大利点である食糧自給率200%を最大限に活用する運動が、今年度から北海道庁においてもはじまり、その運動は全道に浸透しつつあります。全国区の観光都市となり、食資源の宝庫である後志を後背地に持つ小樽にとって、物産・観光両面で食文化を発信することは、文化的にも経済的にも重要な意味を持ちます。

定番 〜寿司〜
 昭和40〜50年代にかけての約20年間に亘って全国に話題を振りまいた小樽運河論争でしたが、1986(昭和61)年に運河散策路が完成し、当時の新谷昌明小樽市長は、この年を小樽観光元年としました。以前から「安近短旅行」ブームの中で、小樽にも「運河を一目見よう」「話題の北一硝子三号館を見よう」という動機から、大型バスがひきも切らず小樽に押し寄せてきます。そこに「せっかく小樽の港町に来たのだから美味しいものを食べたい」というニーズが沸くのは当然でした。
 1987(昭和62)年にニシンをはじめとした「魚供養祭」が地元の一部の寿司店の結束から誕生し、先のニーズに呼応して「小樽寿司屋通り会」に発展します。
 そして「小樽へ行ったら寿司を」というように寿司が小樽の食の定番になってきました。
 寿司屋通りだけでもかつては4店舗だったのが、今は20店舗、また、全市的にも100店舗ほどにふくれあがってきました。
 内容はいろいろありますが、小樽経済に貢献しているという意味で歓迎すべき現象です。

群来そば 惣吉
群来そば 惣吉
見参 〜群来そば〜
 2009(平成21)年2月25日の北海道新聞掲載の「鰊群来」の記事を読んで無性に感動した方がいます。北海道電力小樽支店ほくでんサービス販売課勤務の須藤雅司氏です。須藤氏はかねてから小樽を愛し「おたる案内人一級」をも取得されており、同年3月3日にたまたま貴賓館の定番メニューとなっている「群来そば」を注文して食べます。この時に、頭の中で明確に須藤流「群来そば」がイメージされるのです。
 群来とはホンダワラにニシンの雌が生み付けた卵に、雄が一斉に精子を出すことによって海が乳白色になる現象をいいます。須藤氏は「白子を摺った長芋に」「ホンダワラをワカメか昆布に」「ニシンの甘露煮の甘さを控える」という原形を、自らも試作しながら市内の蕎麦店にも働きかけます。
 現在、籔半(稲穂)、一福(色内)、惣吉(堺町)、両国(銭函)、マリーナ食堂(祝津)の5店舗で、それぞれオリジナルの「群来そば」がメニューとして登場しています。

潜在 〜焼肉スープ〜
 テレビでお馴染みの「秘密のケンミンSHOW」で、「小樽では焼肉を食べた最後にタレにスープを入れて飲み干す」という習慣が取り上げられ、「えっ?それって小樽だけ?」と、それが普通と思っていた小樽人が逆に驚きました。この小樽独自の食習慣を食文化の領域にしようと、関係者や意識のある人々が現在工夫を重ねています。

潜在 〜あんかけ焼きそば〜
 阿部製麺(10号「地域資源」掲載)の専務である阿部恭久氏は道外の百貨店の物産展に積極的に出店する責任者でもありますが、その営業活動の中で、「あんかけ焼きそば?」とどこの地域でも質問されることから、「もしかしたら小樽だけ?」という疑問を抱きます。そしてそのルーツを探る中で、「どうやら小樽の梅月が元祖のようだ」という手掛かりをつかみ、歴史的な確証には至りませんが、少なくとも小樽周辺だけで当たり前のメニューであるという確信を持つのです。
 そして何人かの仲間にもその話をしながら、小樽の新たな食文化としてあんかけ焼きそばを押し上げていく運動の口火が切られました。

食文化
 既に定番となった寿司、そして群来そばの見参、はたまた潜在する焼肉スープとあんかけ焼きそば、こうして小樽の食文化がラインナップしはじめています。そしてどれも物語性に富んだ豊かさがしっかり付加され、この物語性が味わいとなっています。それが個別のお店や企業によって独自の味付けで多彩になっていきます。
 小樽はもとより後志・北海道は全産業に占める食関連の出荷高や就業人口の比重が、他の産業に比べて群を抜いて高く、しかも素材も自給率200%のオリジナルです。
 一人歩きする「小樽観光ブランド」というお化けに足が付く日も近いでしょう。