小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地域貢献 〜外貨獲得〜(19) 地域経済全体のパイを大きくしてくれる

株式会社 角一商会
代表取締役 平松 正人 氏
〒047-0031 小樽市色内2-12-1
TEL(0134)23-3241
FAX(0134)23-3261
E-mail:m_hiramatsu@kakuichi.co.jp



 会社の業務内容によって、派手ではなくても、業界の人々への浸透をしっかり進めている、一般の市民社会では目立たないけれど地域に大きく貢献している会社があります。角一商会はその代表といえます。

外貨獲得
編集(本誌編集人 石井伸和)
売り上げと小樽以外への販売率は?

平松(平松正人社長)
今年度の目標額でいいますと、本社が14億5千万円、札幌営業所が8億円、釧路営業所が9億8千万円、帯広営業所が3億円、合計で35億3千万円のうち本社が小樽市場をカバーしていますが、4億8千万円くらいで約13.6%、逆に外貨率は86.4%ということになります。

業務内容
編集
大変失礼ですが、業務内容を教えて下さい。

平松
(笑)そうですね。一般の方々には馴染みは薄いかもしれませんね。大きく分けて5つの部門で営業しています。環境設備機器及び資材、機械設備機器及び資材、産業用機械・工具及び資材、土木用機械及び資材の卸・販売、建築設備・プラント設備の設計施工です。ごく僅かですが、当社の内容をご存じの一般の方が直接ご来店されてお買い求めいただくこともありますよ。

編集
そうすると建設業や工場などがお客様なのですか。

平松
そうです。特に当社の生命線は建設業です。ご存じの通り公共事業が大きく減っていますが、このコアは今後も崩さず、むしろ建設業のトータルサプライを目指して、現在は様々な資格取得を蓄積しています。

沿革
編集
どのような沿革ですか?

平松
父である平松徳蔵は大正10年にニセコの農家で16人兄弟の4番目として生まれます。父はメレヨン島で終戦を迎え、復員後の昭和22年に小樽の機械工具商に勤務します。営業として全道の主に炭鉱や農漁業関係を汽車やバスで回ったようです。ところが会社は借金を背負って閉鎖となり、父はその借金を背負う約束で独立して角一商会を昭和31年に創業させます。
 営業の第一線で走り回っていた父は、その商いの有望さを確信していたのでしょう。港町と農家に強いという武器を核に、以後一般家庭にも水道が普及していく昭和40年代から50年代には、水道事業にも拡大してそのピークを迎え、さらに様々な設備環境が整う時代には設備業にもシフトし、今日のプラントのハシリともなっています。
編集 先代はご苦労されたんですね。
平松 父はいつも自ら出張販売にかけずり回っていましたので、家庭では父がいないのが当たり前でした。父は、人と同じ時刻の汽車には乗らず、その前の時刻に到着し、お客様の会社前の掃除をして来社を待っているという人でしたね。そのお客さんと既に商談に入っている時に、ライバル社が訪ねるのをよく見かけたといいます。

展開と苦労
編集
全道に営業所が設置されるのは?

平松
昭和60年に中標津、平成7年に札幌、平成8年に釧路、平成18年に帯広です。そもそもの市外出店の経緯は中標津で、廃業される同業者が父と懇意だったことから譲渡されたのがきっかけです。しかし、平成8年の釧路出店の際に中標津を統合してデポ(収納基地)とした時に、従前からのスタッフの説得には大変な時間を要しました。また帯広の場合には何度も何度もシミュレーションをしての決断でした。市外出店は現地採用のスタッフへ私自身が何度も何度も行って角一イズムを叩き込むように努力しています。
 またこのようなビジネスはアイテムが無数にありますし、日々新しい製品が開発されています。これらをどのようにコーディネートするかが私たちの任務ですので、製品研修には相当な時間を使っています。
 アメニティ向上、下水道やガスなどのライフライン整備などは今日も進化し続け、新たに安全や景観保護による電線の地下埋設など多種多様な挑戦を怠れません。
 お客様の立場と条件とニーズを把握し、最もフィットする製品を提案することが当社の考え方です。
編集 とてもよい勉強になりました。本日はありがとうございました。