小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
bg_top
alwHOMEalw読んでみるalw帰化人(13) 小樽こだわりのライフスタイル

帰化人(13) 小樽こだわりのライフスタイル

小樽美術界の特徴
市立小樽美術館
 学芸員 星田 七重 氏


市立小樽美術館 学芸員 星田 七重 氏
市立小樽美術館 学芸員 星田 七重 氏

帰化経緯
 昭和42年千歳生まれの星田氏は教育大学で美術史や哲学を学びます。学生時代に何度か小樽にも遊びに行き、もちろん美術館も訪れていました。その時の館内の雰囲気が、例えば近代美術館などの張りつめた緊張感とは異なり、なごやかであった印象が記憶に染みこんでいたといいます。
 大学で学芸員の資格を取得し就職活動をしていた際に、小樽の美術館から採用通知が届きますが、後日近代美術館の採用試験を受ける予定を持っていました。その時に、大学の博物館学で指導を受けた奥田茂雄氏(現 札幌芸術の森美術館館長)から、「どんな美術館でも学芸員のこなせる仕事の量は同じだが、必要とされるかどうかで大きく質に違いがでる」というアドバイスを受け、小樽に就職を決め、入船に住民票を移すのです。

美術館事始め
 平成元年、市立小樽美術館勤務の頃、かつて感じたなごやかさが、床の組木の落ち着き、集中して作品鑑賞ができること、仲間の人々の愛情などだと具体的に見え始めます。しかしいっぽうで、立場や施設環境の限界も見えはじめ、志とは裏腹な低空飛行が続きます。
 そしてある時、自らが企画した展覧会で多くの人々から評価をいただき、かつてアドバイスを受けた「質に違い」の意味を実感するのです。

小樽の美術
 星田氏は市立小樽美術館の学芸員として、小樽独自の美術界の特徴を客観的にみつける努力をしてきました。
 五つあるといいます。一つ目は創作版画で、棟方志功の影響を受けた斎藤 清〜河野 薫〜金子誠治という系譜が小樽らしい人間関係で繋がっており、二つ目はプロレタリア美術で、大月源二や富樫正雄らで生活派グループとして小樽の土地柄を反映し、三つ目は風景画で、中村善策を起点に小竹義夫、金丸直衛、石塚常男らがラインナップして風景に命を吹き込み、四つ目は北海道洋画の嚆矢で、工藤三郎、小寺健吉、長谷川 昇そして三浦鮮治・兼平英示兄弟に継承され小樽美術界が連携され、五つ目は世界的にも独自の世界観を表現した一原有徳です。
 こういう視点は、美術評論家の吉田豪介氏が館長に着任し、良きスタッフにも恵まれて、星田氏が核になって研究した結果、みつけることができた小樽の知的財産といえます。

市立小樽美術館の佇まい
 美術館の建物は昭和27年に小坂秀雄の設計で小樽地方貯金局として建設されました。その貯金局に以前に勤務していた一原有徳氏が、星田氏の勤務初期の頃、美術館を訪れ、建物の価値を何度も何度も語ってくれたといいます。
 その価値は、国松明日香の展覧会の際に、グレーのカーペットを撤去して組木の床が現れた時に実感します。観覧の際の足音を防ぐためのカーペットではありましたが、落ち着いた組木の向こうにある作品の視覚へのインパクトは何倍にもなったといいます。

学校教育への浸透
 星田氏の現在取組んでいる課題は、学校への美術教育の浸透です。学校側に協力していただき、学校における美術教育の一環として、まずはじめに子供たちが美術館を観覧することができるようにしたいと考えています。小樽にゆかりのある画家の作品を中心とした特別展や企画展を直に目に触れることにより、美術への関心が高まることを期待しています。
 その先駆として、最近では稲穂小学校、松ヶ枝中学校、塩谷中学校との連携を継続的に進めており、その連携内容は、子供たちが描いた風景画を中村善策記念ホールに展示したり、実際の展示作品を観ながらクイズ形式によるワークシートを作成したり、美術館学芸員として学校における美術教育に力を注いでいます。

オンリーワン研究
 地域には世界中あるいは全国にもある様々な分野の作業が存在しますが、どこにでもあるからナンバーワンはわかるけどオンリーワンの研究に敏感とはいえません。「なぜこの地域からそのような」という問題意識から探り、地域の特徴が集積されると地域学は無尽蔵に楽しくなります。
 星田氏は美術界という縦にも横にも広大な世界の中で、小樽の美術を見事に切り取り、その内容は「おたる案内人」のテキストにも反映され、様々な企画の展覧会においても表現しています。