小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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コラム

可変と不変
〜ライフスタイル〜



激変
 現代は激変の時代といわれるように、目まぐるしく変化しています。デジタル化で不可能な技術が可能になり、高齢化により今までになかった介護施設がどんどんつくられ、環境維持化に向けて分別やリサイクルが活発になり、少子化により学校の統廃合が進み、グローバル化により国際動向が身近に影響するようになっています。
 政治も経済も技術も次から次へと変化しています。

不変
 一方で変わることができるにも関わらず、変わらないものがあります。変わることができないのではなく、あえて変えようとしない「意志」がそこに見えたとき、私たちは何故かふと「えっ?!」と立ち止まってしまいます。その意志と変わらない様を知ったり感じたりすると、それがどんなに小さな存在でも、「時代に追いつこう追いつこう」と焦る我が意志が、もっともっと小さな存在に見えてしまいます。しかもその頑固さの裏には、「暖かみ」や「強さ」やもしくは「癒し」さえ覚え、ますます魅力にはまる場合がよくあります。
 創業以来何十年もただ一つの納豆をつくり販売している親父さん、同じく豆腐屋も然り、はたまた販売形態は市場・スーパー・百均・コンビニ・通販と変化し、多彩になっているのに、何十年も同じ場所で八百屋や魚屋を営んでいるお店もあるでしょう。
 商売ばかりではありません。髪型でもファッションでも同様で、こだわりなのか逆に無頓着なのか、そんな領域で推し量れないほどの不動さは見事です。
 もっというと「信念」もそうでしょう。「絶対こうなる」「必ず叶える」これは目に見えないだけに、本人にしかわかりませんが、様々な変化に遭遇しても、乗るか反るか、右か左か、先か後かを即座に判断する羅針盤になり、目的に沿う決断が瞬時にできるようになります。

志とこだわり
 この稿は、激変の時代だからこそなお不変なものをという主張をしたくて書いています。不変というと固いので、「こだわり」といっても構いません。
 先日、沖縄で友人らと一杯飲みました。トイレに立つと、壁に色紙が掲げられ、「こだわりをもってなお穏やかに」という色紙が掲示されていました。「どなたの?」と聞くと「私です」とママが照れながら応えてくれました。
 「こだわり」を持つ人は、流されないかわりに衝突することもしばしばです。だからこそ「穏やかに」という意味で、その研ぎ澄まされたリアリティに感銘しました。しかもそれが市井の女性の願いや理想であることに、政治に翻弄され続けてもなお、信念を失わない沖縄の底力なのかと改めて感じた次第です。

ライフスタイル
 「こだわり」はその人固有の「ライフスタイル」として表現されていきます。
 この「ライフスタイル」が激動の時代の末に垣間見える光に思えるというのが結論です。
 誰もが安心したい。健康も愛情も友情もお金もです。でも世の中の激動はジワジワと身近に押し寄せて、なんらかの決断と覚悟を要求してきます。
 さて、誰がこの激動を止めるのでしょうか。政治家でも会社でも芸術家でもなく、それは私たち自身です。私たち自身が志に根ざしたライフスタイルを確立すればいいのです。
 近年、様々なライフスタイルをテーマとした雑誌も出版されていますが、「こういう考え方で肩の力を抜いて、こういう生き方もあるんだ」と感心するものもよく見受けられます。
 雑誌はヒントですが、素材は私たち自身の中にしかありません。食うこと、知ること、行くこと、そしてより生きることが過去よりはるかにできるようになった現代、自らの不動のライフスタイルこそが、激動を止めて安心できる秩序に向かう唯一の方法と思えてなりません。
 新たな個々のライフスタイルがどんどん確立されていくと、これらの最大公約数が新たなニーズとして発信されていき、追われることから追う立場になると思うのです。