小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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COLUMN

初夢


おもえば
 この国の大きな体制変化は歴史的に何度かあった。
 8世紀に倭国改め日本国が誕生し、この約1300年の日本史の中で、汗かく者が報われ(鎌倉)、平和の中から文化を醸造し(江戸)、外圧の恐怖に軍事力を身につけ(明治)、しかし核戦争の犠牲を唯一経験したこの国は戦争の永久放棄(昭和)という段階を踏んできた。
 国にも成長期があるとすれば、明治までは真っ直ぐ育つ青春期で、昭和から今日にかけては大人の年齢に該当する。この大人の判断としての「戦争の永久放棄」をまずインプットしていただきたい。

いまでは
 中央集権という我が国の政治体制が、分権を経て地方主権が当たり前になるまでに、多分30年から50年は要する。ここ十数年の新聞紙上の政治欄の半分以上は、分権にまつわる既得権者のあがないや未得権者のとまどいの悲喜こもごもとした糾いを報じている。いずれにせよ中央から地方への主権移行が現代的日本の大テーマとみて間違いないが、どんな地方、どんな国、そしてどんな世界に向かうかである。

ところが
 19世紀に、軍事力の強い国が弱い国を奴隷化(植民地)するという不条理きわまりない帝国主義なんぞが常識になった時代、それを避けるために、大規模な軍事開発を可能にする適正規模としての「国家」が日本国に誕生した。つまり日本「国家」の要諦は軍事シフトだったといえる。ところが時代を経て「戦争の永久放棄」を提唱した日本に、果たして「国家」が必要なのか。「国」ではなく「国家」のことである。日本以外の国々がそうではないから必要だというのも正論、だから「日本も核を持て」という論調がこれまで叫ばれているが、この稿はそれへのアンチテーゼでもある。
 この世に「帝国主義」や「戦争」がなくなれば「軍事国家」など不要だ。かつて「海を通じて広く四方にひらかれ、他の諸地域と積極的に交流するとともに、「異国人」をおおらかに受け入れてきた倭寇(『海民と日本社会』網野善彦 新人物文庫)」を次にインプットしていただきたい。倭寇の中には悪さをする海賊もいたかもしれないが、基本は沿海州や朝鮮半島や日本などをまたにかけて「国籍も領土も不要」とした人々の生業をいう。

だから
 そろそろ結論。戦争がなければ「国家」がなくても、人類は新たな生業を持つことができたという歴史的証拠があって、このような倭寇の経験と戦争の永久放棄をした日本こそが、その先駆的提唱者だ。

ほんで
 現代では悲しいかな戦争と環境が世界共通の大問題だから、戦争をさせない・環境を悪化させない世界システムをつくる必要がある。人類が手放しでそうなるには、長い目では「教育」システムを整えることが大切だが、その間に悪さをする人類も否めない。

  ・戦争をさせない

 戦争をさせないためには、世界に最も強い軍事機構を創設、仮称国連戦争抑止機構として世界最強の戦争抑止機関を設置する。万が一戦争をおっぱじめようとでもするなら、機構が圧力をかけ、それでも我が侭をいうならそれが無意味だとわからせればいい。

  ・環境を悪化させない

 また環境を悪化させないためには、悪化させない検査と抑止が必要だ。とはいえ環境悪化の原因は先進国がつくってきたので、これから先進国になろうとする第三国にすれば「ふざけるな」となる。そこで日本は環境に負荷を与えない技術を提唱していることをインプットしていただきたい。つまり環境対策には世界的な頭脳を合わせた技術開発をはじめとして、仮称国連環境復元機構が陸海空の環境を徹底的に管理する必要がある。
 そうなると世界共通の戦争抑止機構と環境復元機構は人類が最低限守らなければならない「世界の守護神的存在」となり、それを維持するために、世界がこれまで蓄積してきた諜報技術を今度は全人類の守護のために活かすことができる。

つまり
 このような未来予想図を描けば、日本国の現代の役割は明確に見えてくる。そしてそれは戦争を永久放棄し、環境負荷の技術力を蓄積してきた日本だからできることであり、日本がいうから説得力を持つことなのだ。
 日本国の要諦はこのような機構創設という外交を徹底リードするために、他の任務全ての地方移管を急ぐこと。世界にこのような認識が広まり、前述の世界機構が誕生
すれば、これまでの国家は小さな政府となり、それぞれの国状に応じて国の役割と地方の役割を講ずればいい。