小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(10)

京都と小樽




歴史の比較
 京都の歴史は古く、飛鳥時代(6世紀〜7世紀)には京都という地名が存在し、794(延歴13)年に平安京遷都以来の平安後期(12世紀)にはその呼び名が定着したといわれている。
 小樽は「穂足内村並」となった794794年とすれば、地名の古さには1071年の差がある。
 さらに京都となれば世界文化遺産が17物件もあり、それがゼロの小樽とは基本的に比較にならない。京都は国際的な観光地で、小樽は全国区になりきれていないという大きな差もある。

意識の比較
 京都の観光への市民意識は「洗練」という言葉が似合うほど「観光客は地場産業の飯の種であり、市民の誇り」という認識が一般家庭にまで染み込み、迎え入れの態度や歓迎の仕方は天下一品である。これに対して、小樽は観光産業に従事する人々をわずかに上回る程度の人々がその重要性を理解しているに過ぎないし、全体的には態度もめっぽう野暮ったく、家庭教育の領域にも入っていない。

小樽の優位性
 ところが、小樽には京都に勝ることもある。近代化への先駆けと速度だ。たとえ手探りの近代化とはいえ、秩序を重んじる古い都の腰の重さをはるかに凌駕した一気呵成の勢いがある。まさに百周遅れのトップランナーである。
 さらに、階級意識や差別意識が希薄であることも観光や移住には有利な点といえる。港町が有するアケッピロゲで無防備なほどの素朴さは「受け入れ」を超えた「一期一会」の感さえある。

潜在
 観光都市として京都にはほとんど比較にもならない小樽だが、前述した有利性はいささか潜在の領域から脱していない。
 現在世界の中心となろうとしている中国をはじめとしたアジア諸国が、欧米に比べ近代化に遅れをとった中で、日本は抜きん出て近代化を推し進めた。その近代化の実験地が小樽なのだ。
 とすれば、潜在する近代化への果敢な挑戦の歴史と一期一会の心持ちは、新たな小樽の国際的観光の視点として、独自の展開を夢想できそうだ。

模倣からの脱皮
 観光の先進地京都の模倣も必要でないとはいわないが、小樽の独自性を顕在化させ、教育化し、システム化する戦略を練る方が、なんともあずましい。まして、アジア人観光客が押し寄せる地の利があるのだから、彼らのニーズの中に小樽だけが有する魅力を組み込ませられれば、飛躍の年の卯年に、是非とも「国際的観光地」づくりを展望していきたいものだ。