小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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帰化人(17)  小樽こだわりのライフスタイル

地域コミュニティの再生
谷口美津江氏

社団法人 小樽観光協会 副会長
株式会社 ミドリ小型ハイヤー 代表取締役
〒047-0003 小樽市真栄1-5-9
TEL 0134-22-1497 FAX 0134-22-1497



帰化経緯
 ハイヤー業界のダイナミズムの渦が一人の娘の運命を決定づけた。北海道の名家といわれる北交ハイヤーの創始者 柴野安三郎氏が創立する際、行動を共にした住吉 力氏は、後年小樽で自動車の整備会社を経営することになるが、その段階で住吉家は小樽に移住し、7人の末娘である美津江氏も家族と共に移った。以後、父 住吉 力氏が当時緑町にあったミドリ小型ハイヤーの経営支援に入り、落ち着いた時点で退社、別会社大栄ハイヤーの支援途中で、ミドリ小型ハイヤーが北交傘下となり、労働争議中の大栄ハイヤーも北交の傘下となって、両社が合併し今日のミドリ小型ハイヤーが誕生する。

翻弄
 美津江氏が娘時代を過ごした昭和30年代の小樽は、人口がピークの20万人前後に膨れあがり、活気に満ち、人々の温かい絆があり、子供の視点からも頼もしい大人たちで満ちていたという。そんな生命力がみなぎり、雑多な中にも人間関係のつながりが強い小樽で、大きな目で星や海を眺めることが何よりも落ち着いたという。それは札幌の手稲で生まれ、父が小樽へ行く際に何度も連れてきてくれた時に発見した彼女独自の安らぎ方法であった。

娘時代の小樽観
 父親も主体となり群雄割拠のハイヤー業界が、まだまだその振興が続いていた小樽で、一人の娘の人生も翻弄される。色内小、西陵中、双葉校のコースをたどり、自らは志望した就職先をもあきらめ、父が経営支援していたミドリ小型ハイヤーに就職するのだ。
 しかし彼女が見つめていたのは職種よりも人間関係であった。幼い頃から父を通して刻まれた固い絆の何たるかこそが、自分にとっても会社にとっても大事なものだという考えは、そのまま信念となって今日がある。

変化に佇む小樽へ
「世の中は変化します。特に現在の変化は大きなものです。志ある人々は新しい世界観を持ち、それを実現することにより、今までの社会の疲労からさいなまれてきた多くの人々を救う手だてを考えます。私もそういう志が大好きです。でも私にできることは、水先案内人を応援することと、水先案内人が置き忘れた大事なものを後から運ぶことだと思っています」
「私は今の小樽には地域ごとのコミュニティが必要だと思っています。かつての町内会の現代版の復活ですね。町内が子供を育てたり、高齢者を支援する機会が全くなくなっていますよね。町内は実は生活面の世論が形成される単位の一つです。こういう単位が形成されるとお年寄りの智恵を生かす機会も生まれ、人生現役を満喫できると思いませんか。そしてここからの世論が政治や行政にも波及させる道筋なはずです。世論は行政や議員さんが上から計画するものではなく、現場から生まれるんですよね。選挙も近いですが、そういうことをお手伝いしてくれる議員さんの誕生を祈っています(笑)」