小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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事業紹介

■手宮洞窟保存館
■旧日本郵船(株)小樽支店 管理運営受託

手宮洞窟保存館ホームページhttp://www.city.otaru.hokkaido.jp/kyouiku/syogaigakusyu/dokutsu.htm
旧日本郵船(株)小樽支店ホームページ
http://www.city.otaru.hokkaido.jp/kyouiku/yusen/yusen.htm


経緯と方向性 

1. 小樽市の方向性と打診
 平成16年秋に小樽市教育委員会より打診がありました。それは「財政緊迫」事情を
抱えた小樽市では、「庁内の様々な合理化は徹底して行っているが、今後は民活を導
入した公務委託の方法を検討しており、委託物件の業務が、小樽市管理より民活の方
が意義あるような場合は、積極的に業務委託を推進する」という方針が示され、しい
ては小樽の歴史を研究している当研究所であれば相応しいので、「旧日本郵船」と
「手宮洞窟」の管理運営の受託が可能であれば、委託金額の調整を図りながら検討い
ただきたいという内容でした。

2. 歴文研の議論
 この打診を受けて歴文研内部において以下の議論が交わされました。
 時代が中央集権から地方分権に移行する流れは次第に大きくなってきます。その流
れはこれまで国が抱えていた様々な業務を地方が行うという側面を持ちます。そうす
ると自治体の業務が益々多忙を極め、受け皿が用意できないまま抱え込む危険性が目
の前にあることを十分予測できます。
 このようなときにまるで時代の落とし子のように誕生してきたのがNPO法人です。私
たち歴文研もそういう時代に誕生しました。利益追求を純粋に掲げる民間企業に代わ
り、NPO法人のようなコミュニティビジネスの組織が公務を代行する受け皿として認知
されていくことを確認しました。
 そこで、歴文研の誕生主旨に沿って、当業務を推進する道があるかどうかという議
論になりました。
「地域史は地域振興の重要な資源」とし、「新たなまちづくり、地域の文化振興およ
び経済振興に寄与し、社会に広く貢献することを目指す」という主旨です。
 この主旨には「ただ地域史を研究して提案する」だけに留まらない、「地域の文化
振興および経済振興に寄与」の実現こそが存在意義であることが確認され、積極的に
受託の可能ラインを検討するという結論に達しました。

3. 受託方針
 この事業を受託するのであれば、これまで以上に何が貢献できるかが、現実的な議
論の焦点になりました。
いずれも「国指定」の文化財です。文化庁の方針も考え、勝手な管理の仕方はできま
せん。
 そこで考え出された結論は「案内」でした。両施設に訪れる全ての観覧者全員を対
象に、丁寧な案内をつけられないかという提案が出ました。そこで、平成15年に誕生
して活躍されていた「小樽観光ガイドクラブ」と折衝し、一定のボランティア価格に
よってそれが可能であるというラインが生み出されました。
 これであれば観覧者には大きなサービスとなり、ガイドクラブの活動の場も増える
という確信に則って、受託に向けた前向きな交渉を教育委員会と行い、平成17年4月か
ら手宮洞窟、同年7月から旧日本郵船の受託業務が開始されました。

4. 反響
 歴文研が両施設の管理運営を受託して既に半年の間に、観覧者の多くの方々からお
礼状をいただいています。「施設の丁寧で気の利いた案内をしていただいたばかりか、
次にいくべき小樽観光の道しるべを示していただいた」という内容のものばかりです。
 
5. 企画
 2006(平成18)年は、旧日本郵船(株)小樽支店の建物が建てられて100年になることか
ら、歴文研と小樽市教育委員会によって、旧日本郵船100周年記念実行委員会が設立さ
れ、以下の催事を開催しました。

■旧日本郵船(株)小樽支店100周年記念実行委員会役員名簿
<チラシより掲載>
●実行委員会顧問(敬称略・順不同)
小樽市長 山田勝麿
小樽市教育長 菊 譲
小樽商工会議所会頭 鎌田 力
小樽観光協会会長 佐藤公亮

●実行委員(敬称略・順不同)
特定非営利活動法人 歴史文化研究所 代表理事 山田家正(実行委員長)
小樽商工会議所 専務理事 中松義治
北海道中小企業家同友会しりべし・小樽支部長 井上一郎
小樽観光協会 常務理事 佐々木一夫
舫実行委員会会長 米花正浩
小樽市経済部長 安達 栄次郎
小樽市教育部長 山岸康治(副実行委員長)

●運営委員(敬称略・順不同)
NPO法人 歴史文化研究所 副代表理事 石井 伸和(運営委員長)
NPO法人 歴史文化研究所 主任研究員 渡辺 真吾
NPO法人 歴史文化研究所 理事 澁谷 憲三
NPO法人 歴史文化研究所 総務部長 美濃 進
NPO法人 歴史文化研究所郵船 管理長 山下 紘由
NPO法人 歴史文化研究所洞窟 管理長 長尾 哲雄
小樽市経済部観光室長 小田公彦
小樽市 教育部 次長 東田朋巳
小樽市博物館長 土屋周三
小樽市 博物館主任学芸員 石川直章
小樽市 教育部生涯学習課 課長 太田祥夫
小樽市 教育部生涯学習課 主査 笹田直樹
小樽市 教育部生涯学習課 主査(学芸員) 石神 敏
事務局 旧日本郵船(株)小樽支店内 tel 0134-22-3316

■事業内容
国指定重要文化財 旧日本郵船(株)小樽支店
100周年記念事業

本建築物は1906(明治39)年に竣工され本年2006
(平成18)年で満100歳を迎えます。


<イベントスケジュール>
●4月25日(火)〜5月28日(日):第1回特別展「明治
の小樽展」
●5月26日(金):第1回講演・コンサート
●6月20日(火)〜8月20日(日):第2回特別展「小樽
の歴史的建造物展」
●7月21日(金):第2回講演・コンサート
●8月29日(火)〜11月5日(日):第3回特別展「小樽
の港文化展」
●10月1日(日):100周年記念セレモニー



イベント内容
●第1回 特別展 「明治の小樽展」
4月25日(火)〜5月28日(日)※通常の入館料でご覧に
なれます。
小樽市博物館のご協力を仰ぎ、以下の展示を行います。
小樽の街並みの原型は明治に整えられたといっても過言ではありません。
小樽の明治を振り返ることによって、より深い小樽を知る旅に出ましょ
う。
「100歳を越えた建物たち」「100歳を越えた企業たち」
「明治の旦那衆文化」「明治の街並み」「明治のまちづくり」などの
テーマを設け、小樽独自の明治を概観します。


●第1回 講演・コンサート
 5月26日(金)開場17:45/開演18:00
第1回 特別展「明治の小樽展」講演、サックス&ベース デュオ
講師;小樽市教育委員会 生涯学習課主査学芸員 石神 敏 氏
小樽在住の奥野義典氏&飯田雅春氏によるアコースティックライブ
前売り券/1,000円 チケット取扱/旧日本郵船 Tel.
0134-22-3316 4月14日前売発売
Saxophon 奥野 義典  Bass 飯田 雅春


●第2回 特別展 「小樽の歴史的建造物展」
6月20日(火)〜8月20日(日)※通常の入館料でご覧に
なれます。
北海道職業能力開発大学校助教授 駒木定正氏のご協力を仰ぎ、以下の
展示を行います。
都市としてこれほど多くの歴史的建造物が立ち並ぶ街は数多くはありま
せん。
私たちが小樽の原風景として「あって当たり前」「なかったら小樽じゃ
ない」と思っているこれら街の財産には、同じく歴史環境が豊かな他の
街と比較して、どんな特徴があるのでしょうか。
そして一つ一つに眠る様々なエピソードを知ることは、小樽に暮らすと
いう実感をより豊かなものにしてくれます。
「歴史的視点」「建築的視点」「産業的視点」「デザイン的視点」から
楽しくわかりやすい展示をすることにより、街並みへの愛着を醸成して
いきます。

●第2回 講演・コンサート
 7月21日(金)開場17:45/開演18:
00
第2回 特別展「小樽の歴史的建造物展」
ブルースハープ&ギター デュオ 
講師:北海道職業能力開発大学校助教授 駒木定正氏
札幌在住の千葉智寿&関ヒトシ氏によるアコースティックライブ

前売り券/1,000円 チケット取扱/旧日本郵船 Tel.
0134-22-3316 6月20日前売発売
Bluesharp 千葉 智寿  Guitar 関 ヒトシ


●第3回 特別展 「小樽の港文化展」
8月29日(火)〜11月5日(日)※通常の入館料でご覧に
なれます。
小樽開発建設部、小樽市港湾部、舫実行委員会等、そして学識者の方々
のご協力を仰ぎ、以下の展示を行います。
小樽の街は海と港の多大なる恩恵を受けて発展してきました。鰊で集落
が生まれ、港で商機をものにし、多くの商人や技術者が集まり、膨大な
国費と投資が注がれ、その中に小樽の港ゆえに育まれた「港文化」が形
成されてきました。
「小樽港民という気質」「廣井勇が残したもの」「港の見える望楼」
「港の交流拠点」などの視点から小樽独自の港文化をひもときます。

●100周年記念セレモニー 10月1日(日)午前10:
30より
  10月1日は、明治39年の当館落成式を挙行した記念す
べき日にあたります。
1. 小樽市長ご挨拶
2. メッセージ
3. ご意見箱披露
4. オルガンライブコンサート(中村祐子氏)
5. 閉会 新たな100年へ







■事業報告 2006年12月25日


●記念事業総括

◎特別展効果
1. 市民客の増加
  観光客にはPRしていないが、市民客が増加した。
2. 市民客の感想
  「明治」「建物」「港」の具体的特徴が明確になった。
◎コンサート効果
1. 新たな魅力 
  郵船や歴史に興味のない人々が入場し、会場としての郵船に新たな魅力が加わっ
た。
2. 新サウンド創出
  ミュージシャン自身が魅力を感じ、小樽サウンドや北海道サウンド創出の契機と
なった。
◎産官学民の連携
  小樽市教育委員会、経済界の実行委員、特別展への学識者執筆、歴文研との連携
が実現した。
◎旧日本郵船の日設定
 10月1日は100年前に当該建物が落成した日で、100周年記念セレモニーもこの日に開
催し、入場無料とした。なお、今後毎年10月1日を「旧日本郵船の日」として設定し、
「当日は入場無料」や「コンサート等」を実施していく。小樽市が行政決定をすれば
歴文研でこれを実施していく。



■来館者日誌

●昭和15年〜19年まで郵船の社員だった人
・ 会社では、ほとんど毎日裕次郎の父親などが同席して、「開陽亭」で宴会(接待)
を行っていた。
・ 当時、郵船社員の家族は、社員のことを「お会社の人」と呼んでいた。

●郵船 OB  (20年8月28日来館)
 天童さんの朝仕事
・全社員の鉛筆を削る。
・原稿用紙を各机に配置する。
・社員が揃ったところでお茶を入れる。
・次の仕事を待つ。

●昭和29年頃 支店長の秘書だった人 (女性)
・ 当時、2階大会議室は、「卓球場」として使用していた。
・ 社員の通用玄関は、貴賓用玄関を使用していた。
・ 当時の支店長室は「一般客用応接室」を使用していた。
・ 暖房は「火鉢」を使用していた。

●不明人 
・金庫室の暗号文章はあまり変更せず、支店長が変わるたびにダイヤルの回転数を変
更していた。
・支店長が変わるたびに暗号文章を変更していた。(真壁氏談) (元支店長来館者談)

●現工藤副社長 (20年来館)
・電報暗号解読は新入社員全員の仕事であり、「俺もやらされた。」
・暗号文の本は、3〜4冊位あった。

●郵船元船員 (小樽にも勤務) (20年9月4日来館)
・小樽はニューヨーク航路の出発地点であった。 (年代不詳)
・輸送物は、 石炭 (国内か?)  木材 (海外向け高級家具等に使用)

●父が昭和24年頃、郵船の運転手だった。
・当時の社宅は、会社の裏側にあった。
・車庫は、隣にあり、車は「フォード」であった。その後「トヨタクラウン」に変わっ
た。

●名古屋近辺在住 百島氏 (20年10月来館)
私達は、小樽に住んでいた。(12〜13歳位?)
・ 私の妹が(現在78歳)昭和17・18年頃女学校を卒業後、郵船小樽支店第1号の女子社
員として2〜3名採用された。
・基本的には、女子社員の雇用は有り得なかったが、男性のほとんどが戦争にかりだ
されたため仕方なく採用したらしい。

●郵船OB
・郵船に使用している“船名"は日本国中の有名な神社名を使用している。

●金唐皮紙について (上野岩崎邸 館長談)
製法
 和紙に0.02に伸ばした「スズ箔」を張り、「さくら材」を使用した円形木型に刷毛
打ちをして模様を浮き出しする。
出来上がったスズ箔面に、特殊なワニスを塗る。
* 現在 円形木型の制作料は、1本 700〜800万円かかります。
* スズ箔をこの厚さまで伸ばせるのは、京都の業者しかないそうです。

●上野 岩崎邸
・地下室には、当時のボイラーがあります。 訪問した時に、お見せしますよ。

●樺太日露国境画定会議について       (北海道における日本郵船小史より)
会議出席者 農学士 志賀 重昴氏の記録
「11月13日(火)曇 午後1時半 日露両国委員会議 
小樽なる日本郵船会社にて開催、郵船会社支店にては日露両国の会議室に充てられた
るは面目なりとて北海道名産タモの木材にて縷めたる貴賓室の中央に大卓子を据え、
上に大輪なる黄白の菊花と翠滴る松の盆栽を按排し、周囲特に典雅なり。
  六時閉会。 閉会後郵船会社支店長土方信吉より茶菓の饗応あり、支店長は三鞭
酒の杯を挙げて、支店の一室が日露両大国の国際上の用に充てられたるは望外の栄誉
なりと挨拶するや露国委員長は世界に航路を拡張せる日本郵船の支店にて此の如き丁
重なる待遇を受くるは、亦吾々の一行は光栄なりと答礼し、七時散会。」
(1) 当時の支店長は大崎 宗恭氏(33年〜40年)にして、大崎氏は病弱休み勝ちであり
記念写真は土方信吉氏に間違いないと言われたので、土方信吉氏は庶務係長或いは副
支店長代理出席したものと思われる。


●山口 岩吉 人物像 (別名 山口 由兵衛)
由兵衛の言われ  何でも 「よしよし」 と言ったから由兵衛と名が付いた。
  山口由兵衛は出入りの棟梁で頑固だったが、いい棟梁で大崎支店長に、大変引き
立てられたと言う。 又こんな話がある。
  ある日支店長は棟梁を呼んで、
「 どうだ、儲かったか。」  と訪ねた。  棟梁は
「 少々赤字を出しました。」 と素直に答えた。 ところが支店長は
「 だからワシは損をせぬようにたっぷり見込んで積もれと言ったではないか。 儲
からぬようなことはさせぬ心算だったのに、 儲からぬ会社の出入りは今日限り止め
ろ。 棟梁に儲けられて潰れるような会社と会社が違う。」 と言われたので、 そ
の後支店長から
「 どうだ。 こんどは 」 と訊かれると、 損をしても
「 へい、お陰様で儲かりました 」と禮を言うと 喜ばれたそうである。
 郵船会社の建物は、この由兵衛の請負で完成した。
 この棟梁の仕事は、どれを見てもなかなかしっかりした業績を残している。
ただ、郵船の建物は設計が東京でなされたために、雪国的でないところがあり、年々
多大な除雪費を要するという噂であった。
  山口 由兵衛の手をかけた建築は、前記郵船会社のほかに横山 準治氏の■の橋本
の倉庫(平野の倉)、  高橋 忠作の住宅がある。 濱名 甚五郎の家は由兵衛の建
築。
由兵衛は 「胃が悪い、胃が悪い」 と言っていたが、カレーライスにあたり、大
正11年か12年に逝くなった。
                           山谷 敏行氏 発行 (手
宮風土記) より

●細木氏 談 (入船在住) 21年5月 来館
 祖父が大正4年、神戸支店から小樽支店へ転勤(船舶関係)してきた。(本人の写真有
り)
退職後小樽市内で軍手工場やカフェーー営業などを経営した。
 また、昭和の初め現在の「かま榮」が一時経営不振に陥った時代があり、その時、
細木氏に経営継続を依頼したらしいが断った。 もし営業継続の依頼を受けていたら
現在の「かま榮」はなかったと思う。 当時の細木氏は上記の外いろいろな商売をし
たらしいが、長続きはしなかった。

●元参議院議員吉岡氏
1. 樺太(サハリン)国境碑について
 郵船2階資料室に国境碑のレプリカが置かれています。昨年(2007)の秋頃関東(東村
山)出身の元参議院議員吉岡氏の話で、現在の国境碑の様子がわかってきました。
「夏にサハリンを訪問したところ、現地の方が北緯50度の国境付近を見学のため案内
してくれた。旧国境線は国境碑がそのまま残され、幅10メートル程草や木を刈って整
備され、どこまでも一直線にのびているのが見渡せた」そうです。

●東京の学生の話
ジョサイア・コンドルが受賞した「英国王立ソーン賞」には副賞としてイタリア旅行
が含まれている。これは単なる報奨の意味合いの他に、ローマ建築について造詣を深
めて欲しいとの願いも含まれているようだ。

●中国と韓国人の話
辰野金吾は東京駅の他に、韓国のソウル駅の設計もおこなった。(中国人)
ソウル駅の設計は東京駅の設計をした人だと聞いている。(韓国人)

●三菱の関係者OBの話
曾根達三は小樽では三井銀行の設計をしているが、卒業後三菱に入り仕事をしている。
また、丸の内煉瓦街建設の師コンドルを助ける。
辰野金吾は東京工大学長・建築学会会長を勤める等輝かしい業績と共に一期生のリー
ダーとしてまとめ役を果たしているといわれているが、実際のところは曾根達三がメ
ンバーの世話役を果たした。
彼は佐賀県(唐津藩)の出身で父は藩役付高級武士の子である。おなじ唐津藩出身の辰
野金吾は下級武士の子だった。学生時代から彼は辰野金吾には経済面から公私にわた
り援助をしていた。また彼の性格は学者肌で豪放な辰野と違い、神経の細かい繊細な
心の持ち主で、佐立七次郎のよき相談相手にもなっている。
佐立七次郎の作「深川不動尊境内記念燈」(石工燈明講)〔石積部分のみ現存〕は付近
の開発のため小学校の敷地に移転された。石積部分を堀りあげたところ、地面に土台
として石組みが施され、その上に建築されていた。(地下の石組みは移動していない)

●昨年の見学者の話
会議室の天井
 建築当時の会議室の天井は真珠色に光っていたはず。それは卵白を練り込んだ漆
喰(しっくい)で塗り上げられていたからだ。と教えてくれました。
 漆喰塗の一般的な技法では、消石灰の原料に糊としてツノマタ(海藻の一種)を使用
します。卵白の使用は量的考えても?、と思われますが。

●斎田テント社長〔元教育委員〕の話
電灯のスイッチ・絨毯等
スイッチは修復時、建築当時と同じ材料で完全な形で復元したため、非常に費用が掛
かった
絨毯等は京都西陣の織物屋に修復を発注したところ、文化庁の修復等に実績のある店
も会議室の絨毯の大きさには手に負えなくて、ベルギーの織物工場で修復された。
 

■『小樽歴史年表』

正確な歴史年表制作!!

仕様:B5版 250ページ
価格:3,150円(税込み)
販売拠点:小樽市内各書店、旧日本郵船(株)小樽支店、(株)石井印刷、小樽市総合博物
館、小樽市総合博物館運河館

<写真1:装丁>
<写真2:本文>
<写真3:コラム>
<写真4:>
<写真5:>
<写真6:>

●経過と内容
 年表編纂は歴史文化研究所を設立しようとする動機になった事業です。
 それまでは「市史」や他の年表的な役割の出版物もありましたが、記述や年代の誤
りが各所に見られ、信頼性が損なわれ、地域史への需要が増す中で、正確な年表が切
望されていました。
 1997(平成9)年以来、著者の渡辺真吾氏が朝から晩まで図書館のマイクロリーダーに
かじりついて転記作業を繰り返す、気の遠くなるような労作の結果、2006(平成18)
年1月23日に出版されました。全ての項目には必ず引用文献を明記する信頼性や、広範
囲にわたる分野が収録されている豊富さが特徴です。
 この年表は歴文研の欠かせないバイブル的存在となり、様々な分野において活用さ
れています。
 また37編収録されているコラムにおいても、研究者独自の視点や、現在の常識では
想像を絶することどもが通用していたり、読み物としても充実した内容になっていま
す。

●年代構成
 本年表で対象としている年代は、明治元年から昭和20年です。小樽の歴史上、まさ
に黄金時代であり、小樽の歴史という場合の多くはこの時代を意味するほど小樽では
一般的な枠組みになっています。
 それを裏付ける背景として、以下のことがあげられます。
 日本史でいう江戸時代、北海道(蝦夷地)は独自の近世アイヌ期という時代でした。
小樽(ヲタルナイ)は松前藩を知行主として商人に管理させていた漁場(場所)となり、
その現象はアイヌと和人の混合の歴史構成であることが俯瞰できます。近代(明治)に
なって、石炭や鰊という時代の花形資源への需要が高まり、北海道は日本史に組み込
まれていくのです。したがってこれまでの概念とはまったく違った歴史が幕末から明
治にかけて小樽は刻むようになっていきます。
 いっぽう、近世アイヌ期を過ごしていた北海道は、アイヌの大地でしたが、アイヌ
の文化の中に記録という習性がないことから、考古学や口承を頼りにしなければなら
ず、いわゆる記録を頼る歴史学の対象となりづらい面もあります。もちろん、本来の
歴史は、どんな地域にもどんな民族にも、人間が住んでいる以上存在するものである
ことは論を待ちません。
 つまり日本史の展開や歴史学の事情により、明治を起点とした歴史という概念になっ
ています。
 つぎに本年表の終点である昭和20年は、仮の終点です。したがって「戦前編」となっ
ており、今後は「戦後編」の編纂をすすめていきたいと考えています。


 
■小樽市教育旅行誘致促進実行委員会観光学習プログラム

小樽観光に学習プログラムを創造!!

■概要
 昭和年代には200万人レベルが精一杯の観光注目度でしかなかった小樽ですが、昭
和58年の北一硝子三号館や昭和61年の運河散策路整備をバネに、毎年急激な伸びを示
してきました。
 小樽への観光入り込み客数が年間700万人レベルを確保した平成11年には、小樽にも
多くの観光施設が誕生していました。豊かな歴史的環境が呼び水となって、食や体験
や商品やホテルなどが整備されていました。
 観光を供給する側の小樽においても、多様化する修学旅行にニーズをとらえ、小樽
観光の楽しみの中に「学習プログラム」を導入できないかという議論を湧出し、小樽
市と小樽観光協会が核になって産官連携の「小樽市教育旅行誘致促進実行委員会」が
平成17年に発足しました。歴文研も発足当初から加入し、歴史的な資料を対象にした
プログラムを提案してきました。

■印探索と自分印ストラップ作成
 歴文研が企画提案し、運営も含めて関わっている中に、評価も高く、毎年数百人規
模の申込をいただいているプログラムがあります。「印探索と自分印ストラップ作成」
です。
 これは、約2時間の中で、「印の由来」「印の意味」「小樽と印の関係」のレクチャー
を受け、実際に街中を散策しながら建物などに掲げられている印のガイドを受け、実
際に自分探しをしながら自分印を作成する内容になっています。子供達は「自分はな
に?」という課題を与えられて、目を輝かせて自分を探します。
 そして書き上げた印の原稿はレトロなデザインのゴム印となって、後日届けられま
す。

1. 何を学び何を創るの?
●学ぶ
 小樽には石蔵や暖簾や看板などに「印」が掲げられているお店が数多くあります。
印の系譜や小樽に印が多い背景を学び、実際にそれらを探索してその「読み」や「由
来」を学びます。


●創る
 印は自分を表します。かつては名前や仕事からそれを考案していました。小樽の商
人たちは経営理念や姿勢や将来の夢などを印に盛り込みました。
 自分を表すには自分を見つめ探すことから始まります。名前や出身地、職業や家族、
夢や信条などといった切り口から、自分が最も重要だと考えるものを抽出します。そ
れを「言葉」や「絵」にして、さらにデザイン的に考案するプロセスです。
 できた作品には○×も点数も合否もつきません。自由に楽しんで自分を探してくださ
い。


2. 印の歴史的系譜は?

●印の目的
 印(マーク)はそもそも「家」や「組織」を表すために視覚に訴える道具として生ま
れました。なぜ、そういうものをつくったかというと、最初は「判別」が目的でした。
昔は同じような名前が多かったことからきています。それが次第に「判別」の他にも
意味を持ち、公家や武家なら「権威」のシンボルとなり、町民や農民なら「信用」の
シンボルとなっていきます。
 
●印の使用
 日本での印の起こりは「家紋」として公家から始まりました。乗り物や衣服などに
飾られ、武家が誕生する鎌倉期には武家も家紋をかかげていきます。「源平藤橘」と
いう武家や公家の名門はもとより、戦国期には大小様々な武家の印が馬印・旗印・紋
服などに広く使われていきます。江戸時代には、歌舞伎・能・狂言などの家元にも芸
能紋として普及し、町民も道具・玩具・菓子などに定紋を付していき、遊郭の娼妓に
も普及し、その人気番付の「明和伎鑑」などが発行されています。また農民は地域の
飯の種ですから、自給率を高めるために、地域の武家(行政マン)は契約を交わす公文
書に「組紋」を押印させ、農民組織を印で囲い込みました。その他に町の「町紋」な
どもありました。<『歴史読本 日本紋章総覧 家紋の知識一〇〇』能坂利雄>

●商人の印
 江戸時代では商人には姓が許されていなかったので、「信用」を重んじるためにな
んらかの印を必要としました。そもそも家紋は公家や武士が主流で、自然を絵柄にし
て図案化したものが多くありましたが、江戸時代には徳川家の「葵」以外なら自由に
つけてもいいという風習の中で、「自然」を恐れ入って「文字紋」の領域にその自由
さが発揮され、「マルイ」「カネイ」「ヤマタカ」のような印が多用されてきたよう
です。


●屋号
 印は広義の意味では屋号と呼ばれることがありますが、厳密には屋号と印は異なり
ます。
 屋号は主に商人(越後屋・高田屋・高島屋・松坂屋など)が姓代わりに使用し、士農
工商に組み込まれない歌舞伎などの俳優(音羽屋・大和屋・播磨屋等)は階級外(士農工
商以外)を嫌って屋号を使用していました。<『世界大百科事典』平凡社>
 ビジネスにおいて屋号は「社名」で、印は「マーク」に該当します。

3. 小樽と印の関係は?

●商業がリードしてきた小樽の歴史
 小樽に最初に印を持ち込んだのは弁財船を使用して交易を行った近江商人だったで
しょう。その後、加越能商人が北前船で寄港した際に、「帆印」の記録が残っていま
す。さらに松前商人や越後商人などが盛んに活躍していき、同時に印も一般化してい
きます。
 ほとんどの商人は自社の印を掲げていました。
 1924(大正13)年発行の小樽の電話番号簿は「印」でひくこともできたほどです。
 このように商業で栄えた小樽には、様々な印がたくさんあり、これらは小樽の商業
文化と位置づけることができるでしょう。

4. 観光と印の関係は?
●小樽観光のはじまり
 小樽は不思議なまちで、小樽が観光準備をなにもしないうちから多くの観光客が押
し寄せてくる現象が、昭和50年代後期からはじまりました。
 それは、日本の高度経済成長(昭和30年〜48年)によって生活が充実してきたことと、
旅行業界が「安近短旅行のメニュー」を取り揃えはじめた時期に、長年全国的に何度
も発信された「小樽運河論争」の報道が引き金になったといえます。
 
●小樽観光の特徴
 小樽運河が昭和61年に整備されたことと時期を同じくして、小樽には多くの観光客
が押し寄せ、現在では750万人ほどの年間入り込み数で維持されるほどになっています。
小樽観光への動機は「豊かな歴史的環境」ですので、それらのメニューを掘り起こす
作業が全市的に取り組まれています。
 「印探索」は小樽の地域文化を表す絶好の素材であり、さらに印探索を通して「自
分を探す」つまり「歴史から未来を探る」という意味を持っています。

●成果
 「勉強にもなった」「小樽の歴史の一端が見えた」「自分を客観的に見つめること
ができた」といった成果を期待し、三段論法の啓発システムになっています。

<写真1:印のいろいろ>
<写真1:武士の馬印・職人の印半纏・商人の帆印>
<写真1:子供達の見学>
<写真1:印ストラップ>

〒047-0031 北海道小樽市色内2丁目1番20号(小樽観光協会内)
TEL 0134-33-2510  FAX 0134-23-0522

http://www.otaru-kyouikuryokou.com/
 
■小樽観光大学校テキスト

1. 小樽観光大学校
 平成15年6月6日に組織された「小樽市地域経済活性化会議・人づくりワーキンググ
ループ」において議論・構想化された小樽観光大学校案を受け、平成18年5月16日に
「小樽観光大学校理事会」が産学官の連携によって設置され、「観光振興の人材育成」
を目的として「小樽観光大学校」が誕生しました。

2. テキストブック
 「小樽市地域経済活性化会議・人づくりワーキンググループ」にオブザーバー及び
提案者として関わってきた特定非営利活動法人 歴史文化研究所は、引き続き「小樽
観光大学校運営委員会」においても招致されました。
 運営委員会において公式テキストブック案の議論の中で、「観光施設の概要」など
は、可変性が強く、様々なパンフレットやホームページにおいて公開されているので、
小樽観光の動機になっている豊かな歴史的環境をしっかり説明できることが重要であ
ることが確認され、この方向性に基づいて歴文研に制作が委託されました。

3. テキストブック体系
 歴文研においてテキストブックの体系を「歴史編」と「現代編」に大別し、「歴史
編」では「目に見える歴史的観光資源の由来」、「現代編」では「他の地域と異なる
部分」に焦点を定めて構成することを決めました。
 さらに「歴史編」は「時代列」と「範疇列」に分けて論じ、「範疇列」には「鰊」
「北前船」「商人」「港」「鉄道」「運河」「建築」「職人」「硝子・オルゴール・
寿司」「美術」「文学」と設定しました。
 それは小樽に住む私たちは、子どもの頃から「鰊がとれた話」「すごい商人がいた
話」「豪華な建物の話」などをよく聞かされていましたが、その背景や具体的な内容
まで知らずにいたからです。そしてそれぞれのの範疇列の出来事が、どういう時代背
景の中でどういう関連で誕生したのかを、「時代列」で説明することが決定されまし
た。

4. オリエンテーション
 小樽観光大学校の講座では、それぞれの執筆者が講師となっていますが、時代列講
義の際に簡単なオリエンテーションがあります。そこではテキストの体系の説明をし
ますが、いわゆる地域のことについて学ぶ「小樽学」はまだまだ未整備な領域である
こと、したがって受講生一人一人が自由に研究課題を設け、誰もが小樽学博士となり、
新たな時代の小樽振興の知的基盤を共に創造していきたい旨を話しています。

http://www.otaru-kd.com/
 
■小樽観光大学校街角教室

1. テキストブックの限界
 小樽観光大学校の公式テキストブックでは、「これだけは欠かせない」内容を網羅
していますが、まだまだ「知りたいこと」「知るべきこと」はいくらでもあります。
これらの内容を「小樽観光大学校街角教室」において毎月1回の講座を設定し、学ぶ機
会を設けています。

2. これまでの講座
第一期
■2007年11月14日(水)
藤田和久氏(北海道職人義塾大学校事務局長)
「体験できる小樽職人文化」
■2007年12月12日(水)  
小川原格氏(観光カリスマ・藪半代表取締役)
「後志の大自然に囲まれた小樽」
■2008年1月16日(水)  
星田七重氏(小樽市美術館学芸員)
「小樽に来たら絶対観ておくべき美術作品」
■2008年2月13日(水)  
玉川薫氏(小樽市文学館学芸員)
「小樽を文学的に表現すると」
■2008年3月12日(水)  
佐藤卓司氏(小樽市総合博物館学芸員)
「小樽に鉄道が敷かれたから」
■2008年4月16日(水)  
大鐘卓哉氏(小樽市総合博物館学芸員)
「小樽の不思議な自然現象」
■2008年5月14日(水)  
石川直章氏(小樽市総合博物館学芸員)
「小樽の文化財と遺跡を知ろう」
■2008年6月11日(水)  
石川直章氏(小樽市総合博物館学芸員)
「小樽に和人が住みはじめたころとアイヌ文化」
■2008年7月16日(水) 
石井伸和氏( 歴文研副代表理事)
「小樽運河保存運動と小樽観光の関係」 
■2008年8月13日(水)
遠藤友起雄氏(株式会社遠藤商店代表取締役)
「後志地産地消の食習慣のために」
■2008年9月17日(水)  
山本亜生氏(小樽市総合博物館学芸員)
「小樽の豊かな自然と観光」
■2008年10月15日(水)
神代順平氏(株式会社クマシロシステム設計)
「小樽港の人流拠点の可能性は」

第二期
■2008年11月12日(水)
小森敏行氏(小樽オルゴール堂商品管理部Mg)
「オルゴールの魅力と歴史」
■2008年12月10日(水)
小川 勝規氏(えびす屋小樽店長補佐)
「人力車が似合うまち 小樽」
■2009年1月14日(水)
米花 正浩氏((株)ウィンケル代表取締役)
「「小樽雪あかりの路」誕生秘話」
■2009年2月18日(水)
竹内 勝治氏(小樽おもてなしボランティアの会会長)
「小樽の「印(しるし)」あれこれ」
■2009年3月11日(水)
浅野 敏昭氏(よいち水産博物館学芸員)
「鰊漁・・親方、漁夫の暮らしは?そして、親方のその後」
■2009年4月15日(水)
田中 一良氏(田中酒造(株)代表取締役)
「小樽の地酒」・・・そのこだわりとは」
■2009年5月13日(水)
山川  隆氏(小樽観光ガイドクラブ顧問)
ボランティアガイド・・ここが重要!
■2009年6月13日(土)
倉重 紀久男氏(小樽観光ガイドクラブ会長)
「体験・・旧日本郵船のガイド実践」
■2009年7月15日(水)
蓑屋  修氏((有)利尻屋みのや代表取締役)
「小樽観光を牽引、「堺町通り」の 現状と課題」
■2009年8月22日(土)
石川 直章氏(小樽市総合博物館学芸員主幹)
「手宮地区の歴史と総合博物館」
■2009年9月16日(水)
岩田 智之氏(小樽市産業港湾部観光振興室主査)
「小樽フィルムコミッションと観光」 
■2009年10月14日(水)
駒木 定正氏(北海道職業能力開発大学校助教授)
「保存が危惧される小樽の建造物」