小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
bg_top
alwHOMEalw読んでみるalw小樽巷文化考

小樽巷文化考

「チェンジ」〜変わりゆくもの・変わらないもの〜


現在の色内十字街
現在の色内十字街

昭和初期の色内十字街
昭和初期の色内十字街

「変わらない」街並み
 アメリカ大統領選挙で「チェンジ」が流行りましたが、人間の営みは日々変わっていくといっても過言ではありません。今の小樽は、いわゆる「レトロ」なるイメージから想像するに、どちらかというと、新しさを求めて変わっていくというより、古くからのものを大切にする、昔ながらの街と思われているようです。
 しかしながら、建物が取り壊されたり改築されたりして、ある日突然見慣れた風景が一変することもあります。たしかに、銀行建築のように大きくて目立つような建物は残っていますが、まわりにあった小規模な商店などはことごとく姿を消しています。一番わかりやすい色内通りと浅草通りの交差点をみると、四つ角は旧北海道拓殖銀行(現・ホテルヴィヴラントオタル)、旧三菱銀行(現・小樽運河ターミナル)、旧第一銀行(現・トップジェントファッションコア)、小樽郵便局(本局)で、本局以外は小樽市指定歴史的建造物です。一方、三菱銀行隣の鈴木商店・十二銀行、第一銀行隣の奥山商店(→寿原商店)などはなくなっています。小樽の街並みは、大震災や戦災で一気に変わった東京などと違って、少しずつ、ゆっくりと変わっていっています。

「変わらない」味
 商店でも、華々しく開店する店がある一方で、惜しまれつつ閉店する店もあります。とくに、食堂や喫茶店など飲食店はその盛衰が激しいように思います。そうしたなかでも、長い間親しまれ、ずっと変わらない食べものもあります。現在でも親しまれているということは、消費者の好みに合わせて少しずつ変わってきているのではないかと思います。
 幼いころの味しか記憶にない人が、久々に食べると味が変わったと感じるという話は小樽に限らずよく聞きます。これは、ずっと食べ続けている人にはわからないような微妙な変化が重なっているということでしょう。もちろん、本人の記憶の曖昧さや味覚の変化もあるでしょうが。
 老舗といわれるところでも、世の中の動きに目を光らせ、絶え間ない努力によってたくましく営業を続けています。創業以来新製品がないことはないし、代々続けていくうちに、材料や値段との兼ね合いなどで、味が変わらざるを得ないこともあるでしょう。伝統を守っていくことがいかに難しいか想像されます。
 すでにご紹介した「かま栄」「新倉屋」などでも、創業当時のままでも当然営業を続けられたと思いますが、現状に満足することなく、新製品の開発や売り場の工夫などを重ねてきました。失敗を恐れずに、あえて変化を求めて挑戦したからこそ、小樽を代表する会社に成長したことは疑いありません。

「変わらない」のが無理な時代
 農業も、「猫の目農政」と揶揄されたような農業政策の影響もあり、昔ながらのやり方では限界がきていることは明らかです。農業には、従事者の高齢化・後継者難・耕作放棄地・荒れる里山・温暖化の影響など緊急を要する課題もあり、漁業も温暖化や海流の影響・海洋汚染、さらには最近では燃料高騰への対応に追われています。これからは、時代の変化に対応できないところは退場せざる得なくなるようなきびしい環境になる(すでになっている)と思われます。
 創刊号の成田さんも代々続いたニシン漁に固執していたら、ニシンの不漁と共に漁業をやめなくてはならなかったでしょうし、2号の「中屋農園」も長年の土壌改良の努力があったからこそ、アスパラガスで成功をおさめたし、3号の浜本さんの塩水加工や「寿司処 多喜二」の創作料理なども新たな試みのひとつです。
 新しいことに挑戦したすべてが成功したわけではなく、世の中にいれられず、あえなく潰えたところも多いのはもちろんです。それだからこそ、変化を求めて果敢に挑んでいるいるところに声援を送りたい。何もしない、変えないということは、意欲、見識、まして勇気などは無縁でしょう。
 「小樽學」も今4号は内容も新たなコーナーに執筆者をお迎えするなど、変わってきています。これは、まだ生まれ立てで、試行錯誤の連続ということもありますが、これからも、つねに向上心をもって、新たなことに取り組んでいきたいと思います。変わりばえのしない内容などといわれて廃刊することのないように。